うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第41回: ジャンクヒューマン

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.10.22

12時回ったね……。とりあえず午後から再開しようか」
「はい」
「昼ご飯どうしてるの?」
「昨日は外で食べました」
「じゃあ一緒行く?」
「あ、いえ、一人で食べます……」

「昼飯買い行く? コンビニ行こうか」
「あ、はい、一人で食べます……」
肯定と否定。自分でも何を言っているのかわからない。支離滅裂になったのは、同じような質問を別室にいたそれぞれの上司から一度ならず二度までも立て続けに受けるとは思っていなかったからだ。
 こうした質問がいつか聞かれるであろうことは薄々予期していた。そのため私はその断り文句を考えるともなく考えていた。おかげで一度目の折にははっきりと丁重に断ることができた。だが、安堵して胸を撫で下ろしていた矢先に別の人物に同じ質問をされるということはまったくの想定外であり、私は促されるままに2人とつるんで外に出る格好になった。

 外はザーザーと雨が降り続いていた。こんな日は必要以上に気を遣う。雨粒に極力当たらないようにと、無意識化でその神経を尖らせる。それでも会話は途切れないよう注意を払う。

 外に出るところまで……。切り出せない。コンビニについていくところまで……。切り出せない。コンビニの傘立てに慎重に傘を刺す。このとき私の心は少し出血した。
 惣菜コーナーに直行する2人のあとをとぼとぼとついていく。
「コンビニ飯は添加物だらけ」「腐らない弁当、腐らないパン」「遺伝子組み換えのサラダ」「放射能汚染された米」「グリホサートたっぷりのパン」「硝酸態窒素の含有された天然水」
眼前に広がるコンビニ飯。私の脳内に呪いのように染み付いた思考回路が木霊する。各々が何を食べようかと迷い、今日はこれにしよう、あれにしようという判断を数秒間のうちに決め、その手に手に、私が絶対に口にしないであろう得体のしれないナニカが握られていく。彼らの姿を見るにつけ、私は途方もない罪悪感と虚脱感を覚える。私は私が全面的に正しいとは思っていない。むしろこの神経症的な肉体への影響に関する不安のエトセトラは異常だと思う。それでも私は、犯罪でも犯したかのような錯覚に囚われる。事実を知っていてなお、それを啓蒙せず、いずれ身体を蝕むことになる恐れのあるナニカを疑いもなく摂取する彼らを側で傍観する。そんなときにはいつも私が毒を盛ったような気にさせられるのだ。それはコンビニ飯に限ったことではない。もはや日本の食という安全神話は崩壊している。「それは貴様の妄想だ」というなら反論するつもりはない。そもそも、何かを食らうということは本来、生きるためであったはずだが、それをこれだけ数多くの人間が仕事を優先し、食することをおざなりにしている姿を見るにつけ、それはもう本来的な意味を失いつつあるのかもしれないなと思うとき、彼らにとって、健康というものはたいした価値のないものなのかもしれないとも思うのだ。いやむしろ、そんな健康を害したという結果さえ、彼らにとっては恰好の話のネタになるのだ。ならば私がそれをとやかくいう筋合いなどもう微塵も残っていない。

 コンビニに入って物色して、手ぶらで店外に出た折に「あれ、買わなかったの?」という質問が飛び出てはじめて、それを期待していた自分の存在に気付く。
「はい、駅前のカフェに行ってきます。お話できる機会がなかったのでついてきました。ではまた」
そう言って笑顔で切り抜けた。ちがう。ほんとうは。それはたしかにまるっきりの嘘でもない。会社の中で椅子に座ったまま話すのと、外に出て歩きながら話すのとでは、その質感は随分と違う。
 じつに受動的だなあと思う。自分から動くということは、何かが起こるということだ。
 私は結局、一人でジャンクフードを食べた。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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