柳楽 馨

デヴィッド・フォスター・ウォレス『インフィニット・ジェスト』翻訳日誌

連載第3回: 世界が終わるとしか思えない輝き(前編)

書いた人: 柳楽 馨
2020.
10.14Wed

世界が終わるとしか思えない輝き(前編)

それは火にしては色がおかしかったし夜明けという可能性は問題外だったが世界の終わりという可能性もないわけではなかった

──トマス・ピンチョン逆光』 (木原善彦訳

の域をでないはずなのにいつの間にか既成事実として語られる情報というものがあるたとえば米国ポストモダン文学を代表する作家トマス・ピンチョンが学生の頃ウラジーミル・ナボコフの授業に出ていたとかなんとか

 ナボコフは小説の優れた読者は潜在的に作家であるとも語っているがこれは噂ではなく本当のことだそして色々と留保しなければいけないのだがさしあたってこれは真実だとも思うデヴィッド・フォスター・ウォレスDFW) 『インフィニット・ジェストを翻訳する私もどこか作家的な読み方・考え方をしなければいけない

 しかし作家的な読み方をするということはその作家の身になって考えるということとは少し違う今回はこういうことについて考えながら初級・中級・上級と三つの例をあげてインフィニット・ジェストの厄介な読みどころを紹介する

【初級編】

インフィニット・ジェストには、 「限りない嘲りの人インフィニット・ジェスター)」 と称される人物が登場するそれは主人公ハル・インカンデンザの父親ジェイムズでハルに輪をかけたこの天才による発明や理論のおかげで作品に描かれる 21世紀初頭のアメリカは豊かな暮らしを一応は維持しているハルがまだ幼い頃に自殺したジェイムズは風変わりな作品を撮ったり撮り損ねたりする映画監督でもあった

 小説インフィニット・ジェストいったいどこまで人を馬鹿にしたら気がすむのかわざわざ小説の本文に註がついているジェイムズの映像作品一覧が並ぶ註24 は註のくせに8ページもある今思うと不思議だがこの長い長い註を訳していたとき本当に翻訳が永遠に終わらないかと思ってしまい何か底なしの悪い冗談に巻きこまれたような気がした

 初級編はそんなクソ親父が残した映画のタイトルいくつも列挙される彼の映画作品の中に次のようなものがある

Dial C for Concupiscence. [ ⋯ ] ソーマ・リチャードソン=レヴィ=オバーンマーラ=ディーン・チャムイブン=サイード・チャワフイヴ・フランクール出演[ ⋯ ] ある携帯電話交換手チャムが人違いで FLQケベック解放戦線に暗殺されかけケベック州のテロリストフランクールはこの交換手を別の携帯電話交換手リチャードソン=レヴィ=オバーンと間違えて暗殺を試みてしくじりテロリストが彼女リチャードソン=レヴィ=オバーンに謝罪しようという誤った試みをするのを彼女は自分を暗殺しようとしているものと見誤り不可思議なイスラム教の宗教的コミュニティに逃げ込むが [ ⋯ ]

 この映画のあらすじはこれでもかなり分かりやすく訳している原文には “mistake”間違うという動詞およびその派生語が四回使われて実に分かりにくいともかく問題はこの映画のタイトルをどう間違いなく訳すかだ

 それほど映画好きならずとも気づくだろうがこのタイトル “Dial C for Concupiscence” アルフレッド・ヒッチコック監督の名作ダイヤル M を廻せ!』 (Dial M for Murder, 1954をもじっているだからダイヤル C を廻せ!でもいいが物足りない

 ダイヤルが “M(urder)” でも “C(oncupiscence)” でもこれはドはドーナツのドレはレモンのレ風に同じ音を合わせたタイトルなので邦訳もそれに合わせたい幸い普通の英和辞書でも “concupiscence” を引けば、 「色欲」 (しきよくという訳語が見つかるただ、 「色欲だと何となく般若心経みたいなので似たような意味でからはじまる単語を探し、 『色情ダイヤル C を廻せ!はどうだろう

 ところでこの映画のあらすじを見る限り登場人物が色欲だか色情だかに駆られ銀幕の上で 18歳以下には見せられないあんなことやこんなことをくり広げる気配はない。 「色情ダイヤルはどこにもつながらず終わりのない呼び出し音だけが聞こえてくるのかもしれない

 とこんなことを考えながらふと思ったがそもそも携帯電話である以上ダイヤルを廻せという表現は不自然なのでは? 近頃は公衆電話の使い方を知らない子供もいると聞くし⋯⋯いやそれ以前にそもそも携帯電話の交換手cellular phone operatorなんて存在するのか? 初級編からこんな調子だがお分かりの通り普通に読んでいると気がつかないようなことに気づいてしまうのが翻訳者というものだ

【中級編】

 厄介な映画を撮りつづけて自ら命を絶った父親を持つとはいえ実はハルはそこまで奇矯で突飛な少年ではないこの連載の第一回で触れたようにハルは言葉の天才だが必ずしも多弁ではない多弁なのはむしろハルの母親アヴリルの腹違いの兄もしくは弟にあたるチャールズ・テイヴィスという伯父の方だ。 『インフィニット・ジェストの冒頭大学への奨学金付きの入学のための面接でハルについてきたチャールズ・テイヴィスの台詞の一カ所が中級編となる

インフィニット・ジェストいわゆる自由間接話法に近い文章を多用している小説の語り口は大きく言って二種類ある主人公が自らをとかと呼びながら語るかそれとも語り手が登場人物を彼女のように呼ぶかだしかし細かく分析すればこの二つのいずれとも言えない中間状態の文章が多くあることがわかるつまり一見誰か他人がその登場人物を外側から語っているいるかのようだが明らかにその人物でなければ使わないような表現が混じり合うようなことが小説では多々見うけられる

 小説の語り手はどこかしら幽霊のようだ物語の世界に透明に漂う不思議な存在だ確かにその作品の世界の中にいるのに他人の行動を眺め他人の言葉を聞くことしかできない受け身な存在が私たち読者にそっと語りかけている登場人物そのものではないけれどかといって全くの第三者とも思えないこういった曖昧な語り手は詩や戯曲ではなく小説でこそ問題になりやすい先鋭的な意識を以て書く作家たちは大抵こういうことに気が付いている一体誰が語っているのか? 多分これはTwitter 等で匿名の声の奔流が可視化された現代でこそ切実になる問いだがそういう小難しい話はとりあえずやめておく

インフィニット・ジェスト冒頭部にこういう微妙な語り手の問題がいきなり現れているこの箇所でハルは一人称小説のように僕は⋯⋯と語っているのに登場人物としてのハルは一向に口を開かない一人称の語り手が語らない限りその小説自体が進まないのだからその語り手の役を引きうけた人物は饒舌にならないわけにはいかないそれなのに何故か無言を貫くハルを大学側の担当者も不審に思いはじめるハルがいかに優れたテニス選手かをぺらぺら喋りまくるのは伯父のチャールズ・テイヴィスであってハル自身ではないからだ

後編へつづく


英米文学を研究しているレッチリの大ファン。『ブリーディング・エッジ』の公式な翻訳の出版を心待ちにしている。下唇の左側に複数のピアスあり。(文責:編集部)
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