イシュマエル・ノヴォーク

ペリフェラル・ボディーズ

第3話: ブローティガンの隣人

イシュマエル・ノヴォーク書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2020.10.10

 ソファの上でうたた寝をしていたアーバイン・マッカムスは目覚めるなりすっかり泡が消えたビールの残りを飲み干したつけっぱなしのテレビブラウン管の中では何度目の再放送か権利者ですら定かでないメロドラマが映し出されている
 マッカムスは弛んだ腹を掻きながら立ち上がると放置して三日目異臭を放っている台所を横目に便所で小便をした水洗式便所が歯切れ良い声で唸りビールと同じ色の小便が消えた下着とジーンズを一緒に上げてベルトを締めながらトイレから出た
 チャイムがわりの打ち金が叩かれていることに気付いたマッカムスは狭くて隅に縮れた埃が溜まった廊下を歩いてドアを開けたスラックスに黒のタートルネック首から垂れ下がったカメラ内気なのに頑固そうな青年が立っていた青年が
突然すみませんお話を聞きたくて来たんです
 マッカムスは休みの日に立ち話させるなと言って顎を左右に振った青年は戸惑いそれから控え目な声で失礼しますと言って入って来た

 ソファに深く腰掛けたマッカムスが何か飲むか?と尋ねると青年は首を横に振った青年は床に散らばった電気料金の督促状やマッカムスが元妻への慰謝料を支払った銀行送金の控え宅配ピザの割引券枯れて萎んだサボテン異臭を放つ台所を見た欠伸を噛み殺したマッカムスがそれで何の用だ? おれはくだらないものをトラックに放り込むだけの男だお前みたいなお行儀のいい若造が聞いて楽しい話なんて一つもない
 青年が口を開く
セオドア・シーハンです若造じゃありません大学でリチャード・ブローティガンを研究しています彼は素晴らしい作家ですからね比喩が突拍子もないことや負け犬の物語であると評するのは愚かなことでしょう
 シーハンは曇った窓ガラスの外に映る一軒家を見たマッカムスは溜息をついて
若い奴は自分の人生を楽しんだほうがいい他人の人生に興味を持つのはもっと後でいい
あなたは彼と仲が良かった違いますか?
 マッカムスは下腹を掻き手をヒラつかせるとかもなでももう何年も前のことだ
このあたりで彼と親しく付き合っていたのはあなただけだと聞きました彼と何を話しましたか?
警官みたいな物言いだ尋問か?
質問です
 ブラウン管からはビキニ姿のブロンド娘たちが我先にと走って男性化粧品の瓶に抱き着く長い脚がクローズアップされ円を描くように移動したカメラはブロンド娘の腰にある二つの点のような窪みに移動するマッカムスが忘れたよ
それは言いたくないという意味ですか?
お前は喋ったことの全部を覚えているか?
覚えておきたいと思ったことなら
 マッカムスは人差し指でこめかみをなぞるとそういうことだよと言ったシーハンは首から垂れ下がるカメラのベルトを撫でながら残念ですと言って立ち上がったシーハンは歩き出し廊下を歩いてドアを閉める音が聞こえた

 昼のニュースがカリフォルニアの天気を淡々と伝えていくBGMはウェザー・リポートのミスター・ゴーンジャコ・パストリアスが刻む不穏なスウィング・ビートは執拗に繰り返され和音の構成を毎回異なるものに変化させることを許容するジョー・ザヴィヌルの明るい三和音はモードに隠されているがこれを読み解くことは容易なことではない

 テレビが消える静寂の中をマッカムスの溜息が通り過ぎるマッカムスはソファの間に挟まったアメリカの鱒釣りをとり出して皺が寄ったページをめくるソファに深く腰掛けたマッカムスが脂肪で冷たくなった身体を揺さぶり隣に座るブローティガンがテレビを観ていた日と同じように

 不倫の末に家を出て行った元妻に慰謝料を支払ったのは元妻の不倫相手である辣腕弁護士によって家が差し押さえられそうになったから家を失えばマッカムスは文字通り一切合財すべてを失うことになるすべての要求をのんだマッカムスが守ったものは平べったい一軒家と思い出自尊心あるいは?


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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