うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第38回: 地下アイドルのライブを見に行った話

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.10.07

「じつはわたし、地下アイドルやってるんですよ」
 仕事で与えられたマニュアル通りにスマホを操作しながら、彼女は見えない勇気を振り絞るようにしてそう口にした。
 地下アイドルの意味を知らず、そもそも世の中ではいまや「アイドル産業」の目覚ましい発展とその変遷を私と同世代であれば知らぬ者はいないのが常識であろうが、私は中学生からアニメとサッカー中継以外のテレビに興味がなく、高校にもなればそれさえも見なくなった。「だいたい、スポンサーが付いている時点で中立的な報道なんて無理やろ」と漠然と思っていた私は、テレビは真実など端から語る気がないものと思っていた。そうした見方をさらに強めたのは、震災のあった年以降の報道だ。民主党政権批判に始まり、自民党支持、そして自民党こそ悪の根源だった、などと目まぐるしく私の見解は変わり続けた。そんな自分に嫌気がさした。情報を精査できない己の頭脳の凡庸さを見せつけられているようで、次第にニュースそのものを一切見ない人間になった。それはいまも変わらない。我ながら大人げないなと思う。だがそんなことは今回の話に関係ない。で、だ。そんなニュースを遮断している私であっても、どうやら流行というものは否応なく脳になにかしらの情報の痕跡を残していくようで、当時は「サイレントマジョリティー」なる歌が流行っていたと記憶するが、それを歌っているのがなんというアイドルなのかは知らないうえ、私のなかでは高校時代に流行ったAKB48のメンバーである前田敦子と大島優子くらいしか名前を知らず、興味もなかったので、「地下アイドル」と言われても、もちろんそれがなにを意味するのかわからなかった。
「なにアイドルですか?」
「地下アイドルです」
「え?! うへさん、地下アイドルも知らないんスか!!」
「知らんよ……」
「じつはチケット余ってて……捌けないといけないんですけど……お二人、都合が合えばでいいので、来てくれませんか?」
 そう言って彼女はしっかりとした作りのピンク色のチケットを2枚差し出した。
「お金はけっこうですので! とにかく人に集まってもらわないといけなくて……」
 いちおうセンターやってます、という彼女は〈虹色リボン〉というチケットの中央に屈んでいた。皆一様に顔だけ不自然に斜め横を向いたまま目玉だけこちらを向いてポーズを取っている。
「ぜったい行きますよ!! ね! うへさん!!」
 なぜか私は後輩に軽く見られることが多い。この歳が5つ離れた後輩のフレンドリーな感じも、決して私がそういう気さくなキャラクターであるからというわけではなく、根暗人間と知っていてこのような対応をするのだ。意地汚いやつめ。
 この後輩と行動をともにするのは気乗りしなかったが、アイドルのライブというものを一度見ておきたいと思ったので行くことにした。

 「ブスばっかりっすね」
 アップテンポな曲の最中、周りに聴こえない程度に声を張り上げて耳元でそう言った後輩は苦笑いを浮かべていた。私も爆音の海で曖昧に苦笑いを返した。しかしながら私はそうは思わなかった。視力が極端に悪いということもあるが、彼女たちのダンスはダイナミックで、それぞれに割り当てられたメンバーカラーである衣装はキラキラと輝いており、「かわいい」と形容するに値するように私は思った。なかでもセンターの彼女に視線を注いだ。いつもは黙々と仕事をしていたアルバイトの彼女。チケットを捌けるため思いきって職場でカミングアウトした彼女。100人以上は居ると思われるライブ会場で、堂々と笑顔を絶やさずパフォーマンスをする彼女。私は何度か歌い踊る彼女と目が合った気がした。そのたびに胸がドキッとした。アイドルにハマる人がいるのもわかる気がした。
 後輩はすぐさまメンバーたちを眺めて「ブス」だと言った。だが顔の造形など、この際関係あるのだろうか。
 先天的要素と後天的要素を秤にかけて、先天的要素を詰ることなどとても私にはできない。なぜかくも男はすぐに女性に対して「美人かブスか」といった判定を下すのだろうか。勝手に思うぶんにはいい、それをなぜ口に出す必要があるのか。もちろんすべての男性がそうであるとは思わない。
 だが、時折なんの抵抗もなく「いやー、ブスしかいなかったっすね」などとなにかの会が開けたあと、男だけが残ったときそう切り出す輩をたくさん見てきた。
 彼女らは既製品の人形などではない。それぞれに歴史を持った血の通った人間である。それらを加味することなく、顔の品評を始める。なるほどこれは男社会における一種のコミュニケーションなのかもしれない。貶すにしても褒めるにしても、聞かされる私は毎度吐き気と苛立ちを覚える。こんな卑怯で下劣な精神は、いったいどこでいつ培われたものなのだろうか、と私は軽蔑する。

「Aさん、推定何カップだと思います?」
「……おまえさあ、そういうこという?一緒に仕事してるんよ?」
「Eはありそうっすよね……」

 後輩の推定によるとEカップあった地下アイドルのAさん。
 〈虹色リボン〉の別のメンバーのスキャンダルが発覚して以来、職場に姿を現すことはなかった。きっとこの、隣にいるゴシップ野郎を避けてのことだろう。賢明な判断だと思う。彼女のアイドルのステージを見てから一度だけ、あわよくば、と考えたことがないではない。Eカップ。アイドルという肩書きは、どこか魔術的である。Eカップ。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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