イシュマエル・ノヴォーク

イシュマエル・ノヴォーク短編集

第3話: ローン・スター

イシュマエル・ノヴォーク書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2020.10.02

 へし折った生木で焚火をかき混ぜると苦し紛れに火の粉が飛び出した。バーリングが火の粉を目で追う。中空を舞った火の粉が黒ずみ、哀れな塵が土くれの上に寝転がった。薮が揺れ、背中にショットガンを背負ったラフ・ベルがあらわれた。ベルはベルトの金具を締めると地べたに腰掛けた。バーリングは所々がへこんだブリキ製コップにお湯を注ぐとアーバックルの粉が膨らみ、コップをベルに渡した。ベルが言う。
「ありがたい。夜は冷えるからな」
 アーバックルを一口飲んだベルの上唇に粉がつき、手で拭った。バーリングはカウボーイハットのつばを一撫ですると
「悪いな」
 ベルは焚火を見ながら
「礼なんて水臭いことは言わないでくれ。おれが勝手に引き受けたことなんだ。気にしないでくれ」
「それならいいんだが」
「含みのある言い方だな。気になることでもあるのか?」
 バーリングは白いものが混じる口髭に手を伸ばすと
「気になることなら、もう終わった。くたびれたよ」
 ベルは二重顎に生えた無精ひげを撫でながら
「レンジャーの仕事は大変そうだ。おれといえば、相変わらずなのにな」
 バーリングは腕時計、次に焚火を見ると「昔みたいにロングドライブだけで食っていた頃が懐かしい。気楽だったし、冒険していた」
「今のほうが冒険しているように見えるぞ?」
 溜息をついたバーリングが
「仕事だからな。それに、エミールが生まれてからは用心深くなった。そもそも、これは冒険か?」
「エミールは何歳になった?」
「一〇歳だ」
「そろそろ、銃の撃ち方を教えてやるといい」
 アーバックルを飲み干したバーリングはコップに残った泥のような滓を地面に落とした。バーリングが
「おれみたいになって欲しくない。エミールはお前みたいに農夫になってくれていいし、役所で書類整理してもいい」
「デニス、子どもは親に似る。エミールもお前みたいになる。レンジャーの仕事が嫌なのか?」
「嫌じゃない。誇りにしているよ」
「じゃあ、何が不満だ? 何に苛ついている? お前は名誉あるレンジャーで、相変わらず早撃ち名人だ」
 生木の枝で焚火をかき混ぜたバーリングが
「お前は言ったよな? 子どもは親父に似るってな。それならお前は? お前の親父はニューヨークでラビだった。お前はラビじゃないし、ユダヤ教徒ってわけでもなさそうだ」
 首を傾げたベルが「おれは神にそっぽ向かれちまった」
「それじゃあ、お前が言ったことは間違っていることになる」
 ベルは「そう言われると、そんな気がしてきた」と言ってラグにくるまると地面に横たわった。

 後ろに組んだ枕がわりの腕。煌めく天体は空気、光の加減で瞬きをする。重力に束縛された岩石、ガス、塵は凝縮されて漂い続ける。

 翌朝、ベルが目覚めると熱を失って黒ずんだ焚火の残滓が見えた。バーリングが近くの樹木に繋いでいた馬の背中に鞍を乗せていた。ベルは眠たい目を擦りながら
「目覚めのアーバックルは? あれがないと始まらないんだ」
 バーリングは馬の足下に転がる、大きく膨らんだ麻袋を見て
「手伝ってくれ。こいつを馬の尻にのせてやらなきゃならん」
 ラグを丸めたベルが立ち上がると「起き抜けにそういうものは触りたくないもんだ」
「四の五の言っていないで、早くしろ」
 ベルは口笛を一吹きすると「昔と変わらず、相変わらず人使いが荒い」
 バーリングは麻袋からしみ出した赤黒い染みを見ると
「事務所に置いているコーヒーメーカーを新しくしたんだ。そこで飲もう。日が高くなる前に戻りたい」
 麻袋を指差したベルが「こいつは何をしたんだ?」と尋ねるとバーリングが振り返った。バーリングは噛み煙草を噛んでいるらしく、片側が膨らんでいた。バーリングが言う。
「人殺しだ。それはおれも同じだが」


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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