杜 昌彦

GONZO

第10話: 転落がえし

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2020.09.30

 ここまで書いて誤りに気づいた。それも取り返しのつかぬ大きな失策だ。複数の連載を並行していた司馬遼太郎は、どの雑誌に何を書いたかわからなくなり、脇役を殺したことを失念して、何事もなかったかのように再登場させたという。何しろ著者が忘れているので、当の死人に亡者の自覚はなく、登場人物もだれひとり不審がらない。読者だけが首をひねったという逸話である。
 わたしも過ちだけは大作家に並んだ。怪我を負わすべきでない人物を重傷にし、死ぬはずなのに生かしたのである。参照した資料がどれも曖昧だったので深追いするのが億劫になり、さして重要でもなかろうと想像で補った。おまけについ筆が滑って話を盛りすぎた。事実よりも個人的な記憶や感傷を優先しているが、にしても限度がある。まさかここへきて筋が破綻するとは。実のところ、そんな人物がいたことすら忘れていた。
 本物の小説家ならあらかじめ綿密にプロットを構築するのだろう。ノンフィクション作家なら曖昧な事実は明らかになるまで検証するだろう。家事の合間に若かりし頃を思い出しながら趣味で書いているだけのわたしには、そのような周到さが欠けていた。先に気づいたのは下読みをしてくれた友人だった。姫川工業の事件については彼女も詳しい。なのにやはり気づかず、やり過ごしていた。そのことがよほどショックだったのか、電話の声はあたかも梶元権蔵が六フィート地下から這い上がり、殺戮を再開したことを伝えるかのような勢いだった。
 大作家ならぬわたしの場合、幸か不幸か読んでいるのは身近な知人くらいだ。過去に公開した分をしれっと修正することも、やろうと思えばできる。しかしそれはそれで不誠実に感じる。それはちょうど梶元権蔵と姫川尊がことにされようとした事実を想起させる。一連の事件が現代史でどう扱われようが、わたしの記憶では彼らは確かに実在したのだ。ひとたび書いたことはどんな些細なことも残したい。たとえそれが今回のように愚かしい誤りであっても。
 第三章においてわたしは、青葉県警特殊犯罪テロ対策課課長、なる肩書きの男に殺されかけた青年記者を「生死を数日間さまよいながらも恢復し、数ヶ月後には復職して、その後も性犯罪者の検挙に貢献することとなる」と描写した。実際には彼はこのときには転落を免れていたらしい。鏑木紀一郎はそれまでにも幾人かを同じ手口で陥れた。成功した例も失敗した例もある。どうもわたしはほかの被害者と混同してしまったらしいのだ。彼はこの日、転落しなかった。したのは鏑木ただひとりである。
 何があったかを改めて語り直そう。
 本物の悪人は絶対に捕まらないとか、あり得ないものは社会的に存在しないとかいったご託を、さも本気で信じているかのごとく、ことあるごとに吹聴した梶元権蔵であったが、実のところそれは折りたたみ傘を忘れた日に限って大雨、とかいった類の人生への皮肉、いわゆるマーフィーの法則の変種でしかなかった。
 親の名前すら知らず、さながら人体実験のごとく育てられ、カルト教団が集団自殺で消滅したのちは、特技を見込まれて田澤老人に身請けされ、以来ずっと自暴自棄。早くだれか殺してくんねえかな、とそればかり念じて淡々と仕事をこなしてきた。愛される者ほど早世し、死を願われる悪人ばかりが長生きする。どうも当分、死ねそうもない。まったくひでえ世の中だと笑っていたのである。
 これだけ日常的に公然と、次から次へと殺して歩き、血や吐瀉物や糞尿はおろか、屍体も指紋もほったらかし、ときには仕事を終えたその部屋で、飲み散らかし喰い散らかしてもきたというのに、駐禁切符一枚、切られたためしがないのはジンクスのせいなどではなく、田澤老人が背後で手をまわしているからだと知っていた。老舗の中華料理屋は、役職つきの警官や役人、政治家、金持連中とやけに縁が深いらしかった。
 だれのどんな目的のために汚れ仕事をやらされているのか、突きつめて考えたこともなければ関心もなかった。とはいえ依頼は田澤の親しい筋からと見当がついたし、標的の大半もそうだった。翌日の朝刊には病死やら事故やらと書かれており、派手に散らかした案件では、だれかが後始末に奔走したのか数日後に記事が出ることもあった。殺し屋の「こ」の字も出ておらず、自力で手脚を縛って窓から飛び降りるなんてたいした曲芸だな、権力者のやることはわからねぇ、などと彼は感心した。記者を殺したことはなかった。ほかに専門家がいるのだろう……鏑木のような。
 田澤老人がいまいくつなのかわからない。初めて出逢った数十年前から年寄りに見えたし、ことによれば刻文町で囁かれる噂が本当で、くだんの薄暗い中華料理屋を、敗戦直後に創業したのが彼自身であったとしてもおかしくない。おおかた田澤を殺して成り代わったのだろうが、得体の知れぬ薬やら儀式やらに親しんで育ったゴンゾには、旧日本軍が開発した秘薬やら、ブードゥーの呪いやらのおかげで田澤が生き長らえているのだとしても、それほど驚きではなかった。
 親代わりに面倒を見てもらい、教団では知り得なかったまっとうな暮らしや、字の読み書きまでをも教わって、家畜が飼い主に抱く程度の恩義は感じてはいたものの、きょうは東のあいつを黙らせろ、明日は西のこいつに道理を教えてやれと、いいように利用されるばかりの毎日で、唯々諾々と従いながらも、都合が悪くなればあっさり切り棄てられるだろうことはつねに意識していた。
 なので大学町の古書店が全焼し、焼け跡から性別不明の屍体が見つかったあとも、ゴンゾは自分が何に巻き込まれたのか、警戒を怠りはしなかったのである。死を待ち望んでいながら警戒するのも妙な話だが、彼にとって矛盾はなかった。その瞬間を見逃したくなかったのだ。さながら誕生日前夜の子どものように落ち着きをなくし、普段なら関心を持たぬ依頼者のことが、俄然気になりはじめた。彼のような職業にとって習慣を変えるのは、決まった習慣を持つのと同じくらい危険だった。しくじった同業者たちの顔を思い浮かべて彼はほくそ笑む。いいぞ、早く楽にしてくれ。
 第三章との矛盾が生じるのはここからだ。くだんの記者が関わってくる。駅の階段を転落せず、重傷を負うこともなかった青年がその夕暮れ、何者かに突き飛ばされて死ぬのである。屍体が持参した油をゴンゾが撒いて火をつけたのとほぼ同時刻だった。
 刻文町の焼き鳥屋でカウンターの隅に陣取り、砂肝や海鞘ほや酢をアテに地酒のもっきりを啜っていた殺し屋は、ニュース番組が報じた名前にあんぐり口を開けた。マスクだけは外していたものの、例の三つボタンの黒スーツで、中折れ帽を脱ぐこともなく、老眼鏡めいたサングラスをかけていた。その長方形の小さなレンズ越しに、天井際に設置された画面をまじまじと凝視した。
 彼は本来テレビを好まなかった。わめき叫ぶタレントを見ていると標的の命乞いを連想してげんなりする。休日にまで仕事のことを考えたくないのは殺し屋も同じだった。真実味のない同業者がドラマに登場するのも気にくわなかった。しかしどこのだれとも知れぬ若者の屍体を燃やして、古書店主を追い払ったこの夜、彼は画面に映し出された男から視線をそらせなかった。
 それは紛れもなく鏑木が殺そうとした青年だった。
 前途有望なその記者は、姫川工業会長のインタビューを終えた帰途、ホームから転落し列車に撥ねられて死亡したという。IT関連を得意としていて、工業系の制御システムや、セキュリティを題材とした記事で何度か賞を受けていた。遺骸の一部はキオスクを直撃し窓を突き破って、店員に怪我を負わせたそうだ。ゴンゾは焼いた内臓を碌に噛まずに地酒で流し込み、立ち上がって会計を済ませた。
 ジンクスを吹聴するくせに彼は偶然など信じなかった。昂奮と苛立ちの入り混じった心境だった。
 店を出て横丁を歩いているとまたしても尾行に気づいた。今度は姫川宗一郎の秘書ではなかった。姫川家に近づかぬ確約をゴンゾから得て、なおかつあれだけ脅されたにもかかわらず、細谷がなおも付きまとう道理はなかった。もし仮にゴンゾが古書店主を襲った学生のような素人だったとしても、さすがにそのくらいは理解したはずだ。まして彼はこの道数十年のベテランだ。
 ゴンゾはいきなり踵を返した。尾行者は逃げた。
 気取らせるほどの素人だ。教団から田澤に請け出されたばかりの若きゴンゾなら、たちまち追いついて組み伏せていたろう。あいにくいまの彼は年齢相応の肥満体だった。脚だってもとより短い。おまけに酒まで入っていて、息が切れて動悸がした。現実は映画のようにはいかぬのである。マスクがその最たるものだ。顔半分を覆う不織布は酸素の補給を妨げた。アクション映画の登場人物はこぞって疫病に耐性があるのか? ゴンゾにはわからなかった。理解できるのはいまあいつを逃がさぬほうがよい、という職業上の経験則だけだった。
 尾行者はホテルの裏口へ逃げ込んだ。このご時世でどうしてそうも防犯意識が甘いんだ、施錠しておけよとゴンゾは内心で罵った。得体の知れぬサイコパスが侵入してパーティ会場を血の海にするかもしれないだろ。そうなったらどうするつもりだよ。
 どうするつもりかは次章で明らかになる。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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