杜 昌彦

GONZO

第9話: 絆と学生

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2020.09.23

大学生風の若い男が包丁を手に立っていた店主はその足許に腰を抜かして座り込んでいた座敷には西陽が射しているふたりがゴンゾを見た観客が闖入して中断された舞台のようだった次の瞬間——
 ……いやその前にどうしてそうなったのかを語るべきだしさらにはまず断っておかねばならない下読みをしてくれている友人たちからはこの物語はまわりくどいと警告されているおそらく読者諸氏もそう感じていることだろうしかし核となるわが元同級生姫川尊はいわば空虚な闇だ捉えるには周縁から照らさざるを得ない指先の操作で輝かせるわけにはいかないのだ本来は見えないはずのものが安易に覆されるとろくなことにならないたとえば愛がそうだソーシャルメディアの発明によって可視化されあまつさえ赤い波紋のアニメーションや効果音までついたそれは通貨となり持つ者と持たざる者祝福された者と搾取される者とに生まれながらに選別された事実がだれの目にも明らかになったそれは絆と呼ばれ正義のように語られた不幸にしてこの世に生まれ落ちたからには暮らしてゆかねばならない地上の貨幣は限られていて固く握りしめて生まれてきた者は死んでも放さない諦める者もあれば空の手を握りしめて幸運を装う者もあるまたある者は力尽くで奪おうとするだれもがその気になれば手に入るかのように企業は偽りそそのかす愚かなその他大勢は生きたまま堆肥にされる
 そのようにして使い棄てられた若者についてこの章では述べることになる
 わたしたち読者が不自然に感じるとき作中人物もまた虚構世界において自分たちの言動を訝っているのかもしれないパチンコ店をあとにしながらゴンゾは細谷の不審なふるまいを思い返していたあまりに筋が通らない今回の依頼がそもそもおかしかった姫川宗一郎とは電話で話したにすぎず一面識もないが姫川工業会長ともあろう人物が田澤老人に頼って殺し屋を招き入れる理由もわからなかった殺し屋は用心棒ではない標的を護るか殺すかの差は大きい真逆といっていい拳銃遣いなら多少は重なる部分もあろうがゴンゾは銃器を滅多に使わない弾丸を手に入れるのが面倒だからだ腕前も百発百中とはいえずたまたま手近にあった道具を使うのがむしろ好みだった殺害が目的であり手段はどうでもよかった逆に拳銃遣いにとって殺害は手段でしかない用心棒ならなおさらだ
 姫川宗一郎は倫理観に支配されない力を法律の外に求めた普段は頼らぬはずの闇の世界に生きる昔なじみにその力を求めたそれだけの事情に差し迫られたのだ田澤老人は殺し屋を紹介することで旧友に応じた警護よりも加害者の息の根を止めることに重点があるということだ強欲な親爺のことださぞ大金をせしめたのだろうと彼は考えた考えながらあてもなく車を走らせていると携帯に着信した田澤老人からだ古書店へ向かえという
 いまわたしはとある都市伝説について語ろうとしている読者諸氏もご記憶だろうそれはあの頃に流行した暗い噂で一連の事件とは切っても切り離せないその核心に触れる前にありふれた派生版からまずは紹介することになるわたしはまだ高校生で親元で暮らしていたけれどあの頃の大学生には生計手段を喪った者も珍しくなかった講義も遠隔となり空腹をこらえて寝床で携帯の画面を眺めるほかに彼らにはやることがなくなった難病患者に対する嘱託殺人を口実に政治家たちが呼びかけた尊厳死の議論のおかげで闇バイトなるものの勧誘が公然と広まった隙間時間で簡単安全捕まらないよう徹底しますとの謳い文句だった生産性のない人間は社会からいいねされない淘汰されるべきだというそれが絆と呼ばれ共感された
 同時多発テロの実行犯は都会の若者たちだったというだれからも価値を見出されない人生を彼らは自覚していただからこそ政治的カルトが掲げたいいねにこぞって飛びついたのだひとは求められない生涯よりも悪意に欺かれることを望むそうして価値ある人間だと信じ込もうとするどんな代償を払ってまでもこれから語ろうとする学生もまたちょうど同じだった
 ソーシャルメディア運営会社の大株主は大手広告代理店である彼らのアルゴリズムは関心や行動履歴をもとに最適な配信先を選んだ人権をなくすことを悲願とする政権とべったりの彼らは見かけ上は用意された違反報告フォームの抗議など一顧だにしなかった淘汰に貢献した戦士らが称賛されるのをくだんの学生はソーシャルメディアやアフィリエイトブログで幾度となく目にした実行犯は三面記事に出ることもあれば動画や画像が拡散されるばかりでお咎めなしの者もあった悩んだりはしなかった興味を持ち幾度かスワイプして決めた加わるのは簡単だった指先で数タップするだけで済んだ即日現金払いとして数百万円の報酬が提示されていた実際には一円も報酬がないとは考えもしなかったなけなしの金をはたいてホームセンターで道具を揃えた愛されるイメージにとらわれていた報酬で家賃を払うことも考えていたそのようにしてこの学生は死とマッチングした
 ……ここで冒頭に話を戻す
 書棚の暗がりをゴンゾは覗いた客はおらず店内は異様に静かだった店主がいつもかけているAMラジオも聞こえないステンレス文化包丁の包装が床に落ちていたレジの前には見慣れぬポリタンクがあった新品でまだ値札がついていたゴンゾはカウンター奥の座敷に靴を履いたまま上がり込んだ包丁を手にした男と腰を抜かした店主はゴンゾを見ただれも何もいわなかった言葉が出ないのか店主が口をぱくぱくさせたゴンゾは歩み寄って包丁を取り上げ青年の首をすぱっと裂いた喉笛から間欠的に血飛沫を噴き上げながら青年は白目を剥いて上向きに倒れた
 この学生の話はこれで終わりだもう二度と出てこない
 アプリで気軽にお小遣い稼ぎ……か最近増えてるよなとゴンゾは思った奨学金で奴隷契約させるやり口のせいだろう疫病で若者の勤め口も減ったと聞くしまったく悪人が肥える世の中だぜ彼は包丁を屍体の上に放ってから店主を見下ろした
何やってんだよ娘は?
出てったよ友だちと遊ぶんだとさ男に決まってる店主は顔をしかめて布マスクを棄て目に入った血を手の甲で拭った
連絡はつくか
既読さえつかねえよ親になんてなるもんじゃないね
 どいつもこいつも素人ばかりだゴンゾはうんざりしたように溜息をついて携帯で短いやりとりをした通話を終えて店主にいった。 「娘のことは心配するな無事に保護されたそうだあんたら父娘は監視されてたんだ親爺さんもひとが悪いぜあんたのせいでおれまで駒にされちまったあの汚い絵本は売ったか
なんだって? まったく罰当たりな奴だまだ金庫にある
そいつを持って逃げろ行く先はどこでもいい追って親爺から指示がある娘と合流できるはずだ親爺から逃げられるとは思うなここでの生活は終わりだいい店だったのに残念だな
本なんか読まないくせに燃やすのか
こんなに汚れちまったらもう客も来ないさどうせ焚きつけの山だろそいつの手土産を使わせてもらう若いのに礼儀正しい奴だおかげで手間が省けた
 血の噴水は勢いが弱っていた壁や天井やテレビや茶箪笥はペンキを被ったようになっていた畳に熱い血溜まりができていた特有の錆くさい臭気でむっとした古書店主は床に座り込んだまま情けない声で呻いた。 「どうしてこんなことに十五年もうまくやってたのに……
知るかよあんたの娘がお喋りなんだろ餓鬼なんかつくるからいけないんだ
そんな風には育ててないそれにもし喋ったところでだれも信じないさあんたの持論だろ田澤さんの差し金ってことか?
親爺がこんな素人を使うかよあんたがおれの目の前でまだ生きてる意味を考えてほしいねあのな古本屋ゴンゾは部屋の惨状をぞんざいに手で示した。 「これは親爺が戦争をはじめたってことだおれたちは巻き込まれて敵かおれたちが死ぬまで抜け出せない
 そしてその背後にはと彼は心中で付け加えたおそらく姫川工業会長がついている何らかの代理戦争を親爺は請け負ったのだ
二階から娘のぬいぐるみを取ってきてやっていいかかみさんの形見なんだ
早くしろあんたも燃やすぞ


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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