うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第33回: 正社員になれた日

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.09.16

 なぜ、内定をもらったのに蹴ったのか。
 電話口では突然だったこともあり、勤務地が三ヶ月から一年のスパンで県外を転々とするという条件がのめないことを理由に断ったのだが、もちろんその理由は嘘ではない。ただ、咄嗟に口をついて出た建前ではなく、自分にとっての辞退した本当の理由はなんだろうかと探ってみる。

 申し訳なさからくる卑屈な態度ですみません、とありがとうございます、を繰り返しているうちに、冒頭の「私たちの一員として頑張っていきませんか?」という質問のような体をした承諾を迫った明るめの口調から、私が辞退者であるということを徐々に理解するにつれ、採用担当者の口調は次第に冷めたぞんざいなものに変化していき、最後には無言で電話を切られた。
 まあ、当然といえば当然だろう。だが、それを態度に出すようでは、担当者もまだまだ子供だなと思う。本心というのは、こういうちょっとしたところからその尻尾を出す。
 私が彼らの「金づる」から、今後、金輪際「付き合うことのない人間」という立場に変わった瞬間から、態度を急変させた。
 それは、人間を人材、労働力としてしか見ていない証拠とは言えまいか。そんな人間が採用に関わるポストを担っているということは、会社の方針としても、実際に働いている人間を労働力としてしか見ないという可能性は高いのではないだろうか。

 転職エージェント。今回初めてその言葉を知り、「二十代限定」「正社員登用」という言葉に釣られて利用してみたものの、その中身は、ほとんど派遣と変わらなかった。
 こう言うと、「いえ、そんなことはありません!」と語気を強めて否定してくるだろうが、エージェントの雇用者である者と言い争うつもりはない。
 アウトソーシング。これも今回知った言葉だ。なるほど、これは旨い仕組みだ。人件費削減のため直雇用を嫌った企業が、仲介業者であるアウトソーシングの社員を派遣として利用することで、終身雇用を前提とした雇用形態である正社員という無駄な支出を削減でき、本当に優秀な人材は、そこから引き抜けるという、真にラクでリーズナブルな取り引き先、現代の人身売買システムなのである。

 調べたところによると、一人の人間が転職エージェントを利用して、企業に採用、雇用契約が交わされれば、約100万単位の金がアウトソーシング会社に入り、その三割がエージェント側へ行くという。結局両者は、上に立つもののために動いているのであり、実質的には使い捨て労働のシステムと変わらない。
 営業などの職種希望であれば、あるいは地域が福岡でなければ条件は違うのかもしれないが、エージェントが提供できる「あなたに向いている」という製造や建築という業種に限っていえば、家賃補助や移動資金こそ出るものの、辺境の地に追いやられ、日勤と夜勤の交替制を強いられるか、各県を一年以内に移動しなければならないなど、給与面がそれなりであり、既卒で職歴のない年齢を受け入れるという点を加味しても、そうしたハンデを背負った我々の足元を見ているとしか思えない条件の数々に、疑念を抱かずにはおれなかった。
 採用担当者に質問を投げてみても、幾通りもの想定されうる質問の答えをあらかじめ用意しているようで、私はロボットと会話でもしているのかという気にさせられ、質問の意味を感じなくなっていった。
 知りたいのは建前ではないのだ。だがそんな事実を話す会社もないことは知っている。

 それにしても、どれだけ人材不足なのだろうと思わせるほど、早すぎる内定の連絡だった。そもそも、面接の終盤、「うちは気に入っていただけましたか」「うちの優先順位はいまのところ何番ですか」などと尋ねてきている時点で怪しい。非常に人気のある案件で、9月入社はもう埋まっているんですよ、などと採用担当者は話したが、ではなぜそれほど内定を急いでいるのか。別に私に特段優れた点などないにもかかわらず。

 とまあ、穿った見方をすれば、こうした考察になるのだが、本当に私が企業側が「欲しい」と思える人材であった、という可能性も、それが例え妄想や捏造であれ、束の間味わわせていただこう。なあに、罰は当たるまい。

 私は正社員になれる人間であった、そのことが今回、証明されたわけだ。これでようやく、私も心の上で同じ土俵に立てるというものだ。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
amazon