うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第30回: 雄大くんとの思い出

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.09.06

 雄大くんはちょっと知恵遅れみたいなところがあった。
 小学生のときからその存在は知っていたけれど、クラスが違ったこともあって、同じ学年で町内に住んでいるということ以外、共通点はなく、言葉を交わしたこともほとんどなかった。
 ただ時々、ほかのクラスの生徒が彼特有の「雄大くんね〜」という自身の話を始めるときの接頭辞を、変則的なイントネーションまで真似て、からかっているのを耳にすることはしばしばだった。

「雄大はね、障害者なのよ」
 雄大くんにそっくりな顔をした雄大くんのお母さんは、雄大くんの目の前で、僕にそう言って笑った。
 中学一年生のとき、はじめてクラスが一緒になり、同じ帰宅部だった彼とは途中まで帰り道が一緒だったこともあって、少しずつ話をするようになっていった。

 雄大くんの家には数えるほどしか行ったことがなかったけれど、はじめて家に上がらせてもらったとき、お菓子とジュースを持ってきてくれた雄大くんのお母さんが言った科白が、それだった。

「障害者なのに、いつも遊んでくれてありがとう」という電話をもらったと、僕の母から伝言を受けたのは、連日雄大くんを家に招いて遊んでいた夏休みの終盤だった。
 僕の母は、そんな言い方しなくてもいいのにねえ、と独り言のように呟いていた。

 むしろ僕は、雄大くんが障害者であったことに感謝していた。
 エッチな単語を言わせてみたり、カードゲームで接戦の末、ぎりぎり僕が勝てるくらいの能力しかなかったりする雄大くんは、僕にとって唯一無二の存在だった。

「うへくん、最近よく雄大くんと遊びよろう?」
 夏休み明けの昼休み、同じクラスの田村くんがニヤニヤしながらそんなことを言ってきた。
 勝手に家に来るんよ、と苦笑いしながら困ったものだというふうに話すと、「でも、家に上げよっちゃろ?」と、どこまでもしつこい。
 「ほら、やっぱり!」と言って、林くんと棚田くんの元へ帰っていって、三人ともこちらを見てニヤニヤしていた。

 フン、と机に向き直って、雄大くんと遊んでなにが悪い?と憤りながらも、「なんでバレたんやろ」とバクバクする心臓を鎮めながら考えていた。
 極力学校では雄大くんとコンタクトを取らないようにしていて、そのことを雄大くんにも言いつけて、彼は「なんで?」と一度聞いたきり忠実にそれを守っていた。それにいままでは夏休みで、遊んでいるのを彼らが知っているとすれば……。

 雄大くんはその日も学校が終わったあと、また僕の家にやってきてインターホンを押した。
「雄大ですけど」

 僕は急いで外に出て、雄大くんに家の庭に自転車を入れるよう指示した。
 なんで?と質問をする雄大くんをいいから、と急かして同級生がいないか周囲をちらりと確認して庭に自転車を運び込んだ。

「雄大くんの自転車、なんで庭にあるとね?」

 仕事から帰宅した母が僕たちが遊んでいる部屋にお菓子を届けに来たとき、頭をかしげながら素朴な疑問を口にして、リビングへと帰っていった。

 ニ年生になると、クラスが離れたことと、同じクラスに友達ができたこともあって、雄大くんとは疎遠になっていった。
 このまま彼と遊ぶことは、いじめの対象にされるリスクを負うことでもあった。

 進級してからも、しばらくは毎日のように僕の家のインターホンは押され続けた。
「雄大ですけど」
 今日は忙しい、と何度言ったら察してくれるのかとイライラしながら一日、また一日と断っていると、次第に彼は家に来なくなった。

 今の僕の精神のまま、あの頃に戻れるとしたら、周りの目を気にせず、雄大くんと堂々と遊ぶことができるだろうか。
 そんなことを考えてみたが、どれだけ精神的に成長したからといって、同じ状況下の、あの中学時代特有のルールの中に閉じ込められれば、僕はまた、得体のしれない理不尽を前に言語化する術もなく、同じことを繰り返す、そんな気がする。
 


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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