うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第27回: 飛んで火に入る夏の虫

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.09.01

「うへさんって、意地悪ですよね」
 隣にいた同期の女の子も首を縦にブンブン振りながら、菓子パンを頬張る。
「なに? いまさら知ったの」
 私は平静を装いつつ、そんな軽い憎まれ口をまた口にした。

「野菜しか食べないんすか? うさぎさん?」
 その日たまたま休憩室に居合わせた後輩の女の子を私はからかった。彼女は必死に口元を抑えながら、野菜と和えた春雨を噛みちぎろうとしている。それを飲み込んだあと、彼女が答えたのが例の台詞だった。

 私は女の子に意地悪をするのが好きだ。意地悪といってもお分かりのように露骨な悪意のある意地悪ではない。言い換えるなら言葉でのイジリだ。そして大抵の女の子は、それに笑って答えてくれる。(本心は知らないが)

 あるとき、斜向かいの男性先輩アルバイターから蛇にらみされている心の視線を感じた。先ほどまでの淀みないタイピング音が鈍っている。ほれ、どうした。お気になさらず作業を継続されよ。
 あの先輩は私のことを好いていない。こんな風に女の子とじゃれることが自分にはできないから僻んでいるのだ。
 いつも服装は高価そうなものを身に付け、おまけに眼鏡のレパートリーまであるようだが、会話のレパートリーに乏しい。女性慣れしていないのが丸わかりだ。拗ねてんじゃないよ。

 ふふん、と内心で優越感を味わいながら、また後輩の女の子をイジりにかかる。

「集中せい」
 コピー機へ向かう道すがら、上司の軽い、けれど重たいこめかみへのデコピンを喰らう。
 部長まで私に嫉妬ですか。やれやれ、情けない。

 「男は陰湿じゃなくていいね」という台詞は、女同士のドロドロ話を聞かされているときに当たり前のように女性の口から飛び出すが、それは違う。
 何を以てして「陰湿」と言うのかわからないが、男が「さっぱり」している、などとは到底思えない。
 むしろその手口の無骨さ故に、男のほうが「陰湿」だと思える。可視化しやすい、という点において。
 あるとき外見の可愛い女性と談笑しながら歩いていたとき、目つきの悪い男に露骨に肩をぶつけられた。あのときはまるで意味がわからなかったものだが、今なら説明が付く。

 私はこうした憂き目にガキの頃から合ってきた。おかげで女性とまともにコミュニケーションを取れるようになるまで途方もない時間を要した。
 もしも今そんな状態に悩まされている男性諸君にアドバイスをするとしたら、女性と会話をするとき、周囲の男は相手にしないことだ。
 己に満たされていない奴らは、嫉妬にまみれている。
 空虚な自信と、空虚な「男らしく見える」振る舞い。それさえ身に付けるでもなく身に付けておけば、蚊取り線香に対峙される蚊のように、奴らは勢力を失う。しょせん奴らは「蚊」なのだ。
 刺されはするかもしれないが、奴らは「蚊」だと思えば、痛くはない。叩き潰してやればいいだけだ。

 私はおもむろにチェアから腰を上げ、コピー機の前にいる上司の背後に立った。
「あ、蚊がいます!!」
 ぺちん!
 上司の荒野となった頭頂部は、フロア中に響き渡るとてもいい音を奏でた。

 目の前には蒼白となった上司の顔がスローモーションで動いている。

 あと三秒。現実的認識と、虚を突かれて止まった過去が重なり合うまでの時間。私はこの三秒を永遠のように味わうことに決めた。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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