杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第272回: 秋の雨

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2020.
08.31Mon

秋の雨

名残惜しむような情緒もない。雨期に挟まれた短い夏だった。8月31日。疫病で春休みの長びいた今年はどうか知らないが、例年ならアニメの主人公たちがあたかも日本全国が夏休み最終日であるのようにふるまい、それによって地方の子どもらが、人生ではじめて格差を意識させられ、中央こそ正義とする考えを植えつけられる日である。政治的な表示の偏りに、実質的な言論統制を感じてうんざりし、twitterをやめてしばらく経つが、それでも幾人かの文章をいまも読みに行っている。twitterジャパンがペドフィリア擁護キャンペーンをやっているのを知った。関連語をわざわざトレンドに掲げ、搾取を肯定する投稿を優先表示しているのだ。退会したので断言できないが、おそらく通常タイムラインでも表示優先度を上げているだろう。なるほど運営会社の大株主である電通にとっては、ペドフィリアはアイドル産業を支えるお得意様であるわけだ。搾取は差別的な社会構造を維持し拡大再生産する装置であるから、そうした社会によって利益を得ている彼らにとっては都合がいいのだ。三年前にtwitter本家の方針を中途半端に取り入れようとして顧客を逃しかけた教訓もあろう。そんな折、とある提灯記事で人気業者が「SNSによって漫画は民主化され、解放された」「作家は、ありのままの自分を出せるようになった」などと大嘘をついた。突っ込みどころの多い記事で、要するにこの業者はすでに成功した表現者を搾取すべく、名刺を見せればひれ伏すだろう、ちょろいと舐めてかかって、偉そうな態度で軽々しく近づき、平素のごとく上から目線で指図してみたところ何様だよ、うちらもう成功してるんですけどといわれて腹を立て、おまえらなんかいっとき持て囃されただけで消えるに決まってる、ばーかばーかと悔し紛れに悪態をつきながらも、そこは狡猾な商売人、イエスマンだけを集めるのが商売の秘訣か、それが現代における勝ち組なのだなと思い至り、だからおまえらもそうしろ、そうすれば作品の価値なんかに関係なく評価される、取り巻きにチヤホヤされることこそが、いま流行の産業でありそこに乗っかるべきなのだ、と厚い面の皮で主張し、と同時に抜け目なく、うちのオンラインサロンに入会すればその秘訣を教えてあげないでもないよ、とほのめかしているのである。「作品の価値なんかに関係なく」のくだりが要するに重要で、この業者、成功にとって作品の価値など無関係だと、あっさりいいきってしまった。仮にも元編集者にして現出版エージェントがである。質や内容を問わないイエスマンだけを、特定の政党とつながりの深い、ペドフィリアや差別主義をあたかもよいものであるかのように優先表示する場で集めるのが、芸術における正義だと。なおかつそれをこともあろうに「出版の民主化」などと厚かましく称したのである。そしてそのような場で求められるふるまいをするのが「ありのままの自分」であると吹聴し、「ありのままの自分を出す」、すなわち己を殺してペドフィリアや差別主義者の感性へ最適化することを、思想教育さながらに求めたのだ。出版業界のプロのくせに用語を取り違えている。それは民主主義ではなくポピュリズムに基づく独裁というのだ(無課金アヴァターみたいに装いながらもよく見ると高価そうな服を身につけたアー写がこの欺瞞を体現している)。しかし、実際そうなのだろう。現代のこの国において作品の質や内容なんか、あるいは自分たちの人権の扱いを左右する政策なんかどうでもいいのだ。よかろう、資本主義サービスによる中央集権の独裁こそが、現在のこの国における営利出版の正義だ。それが現実であればその力に抗おうじゃないか。人格OverDriveではその仲間を求めている。われこそはという作家は問い合わせフォームより連絡ください。オール・トゥモロウズ・パーティーズに登録してくれてもいい。お待ちしております。いや、まじで。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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