うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第23回: セフレ急行「自分なくしの旅」

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.08.22

 セフレの家に泊まることになった。マッチングアプリで見た写真よりも実物のほうが可愛い娘だった。
 最初から互いに体が目的だったこともあり、行為までは淡々と進んだ。初めて会ったとき、ランチを終え、行く当てもなく街をふらついていた二人だったが、そういうとこに行っていいかと問うと彼女からはすぐに了承が得られた。
 だが、あの頃の私はまだ若く、こんな経験は人生で初めてだったため、ランチ後のホテルのリサーチを怠っていた私は、この地域のどこにそうしたいかがわしい建物があるのかをまったく把握していなかった。隣を歩く彼女の前で、いまさら調べるのもなんだか格好がつかない、それになるべくなら安宿がいいが、そのためには腰を据えて調べる必要がある、などと思い巡らせているうちに、彼女が知っているというホテルへ、私が連れられていく格好となった。
「あたし彼氏いるんだー。遠距離だけどね」
 ホテルへ向かう道中、彼女は悪びれる様子もなく話しの流れからそんな事実を仄めかした。
 私は一度逡巡したものの、下腹から突き上げる性欲がもはや後退できないところまで来ていたため、道徳心を消した。
 実はこれが初めての「セックスフレンド」なるお相手だった。彼女は常に落ち着きを見せ、こういうことには慣れている様子だった。
 彼女に連れられて入ったホテルは、以前マッチングアプリで知り合った営業職だと名乗る家族持ちの男に連れられて入った場所なのだという。私はその言葉に、ある種の弁解を感じ取った。
 もはや貞操観念などという言葉とは無縁と思われる彼女ではあったが、「私もたまたま知っていただけ」というアピールを怠らなかったのは、日本という社会が、男尊女卑の社会が、「女は貞操を守るべきである」という男側の都合のいい定説が、女性の側にも浸透していることの現れであるように思われた。

「もうその人とは連絡してないけどね」
 私はその替え玉というわけか。それでも私はどこか有頂天になった。なぜなら私はしがないフリーターであり、セフレ界隈でのランク付けがあるとするならば、間違いなく最下層のルーキーである。にもかかわらず、彼女はその女慣れしているであろうヒエラルキーの上層にいた営業男の代わりとして、私を選んだわけだ。なにかが報われた気がした。
 キスをしたときにはじめて、彼女の歯並びの悪さに気が付いた。だが、そんなことはもはやどうでもよい。

 そして、あれから三度目の逢い引き。居酒屋デートの後、彼女の自宅へ向かう計画になっていた。出会って三度目にしてお泊りすることになろうとは、思ってもみなかった。
「ねえ、泊まりにおいでよ」と、二度目の逢い引きが終わったあとのLINEで、彼女はそう告げた。
 女性の部屋に宿泊して、セックスして、夜中にセックスして、寝起きにまたセックスして……。そんな青年漫画でしか見たことのないようなシチュエーションが脳裏をよぎった。まさか私がそんな経験をする人種の人間に属しようとは。
 たとえセフレという仮初の関係であろうとも、「初心うぶな恋人たちの同棲生活感」を疑似体験できることは、私にとって奇跡のような出来事で、これこそ棚から牡丹餅というのであろうと思った。

 深夜。私はふと目を覚ました。シングルベッドの上で、二人が並んでいる。私は天井を向いていた。時計の音が響いている。彼女のほうを見やると、体をこちら側に向け、日中の子供たちの相手に疲れたのであろう。昏々と眠り続け、軽く鼾をかいている。その頬をそっと撫でた。
 私は天井に向き直り、頭の後ろで手を組んで色々なことを思い巡らせた。柄にもなく幸せについて考えたりもした。
 もしも私が普通の人間であったなら、こんな幸福をなんなりと享受できていたのかもしれないということ。もしも私が普通の人間であったなら、普通に大学に行き、普通に就職をし、普通に彼女を作り、普通に同棲していたのかもしれない。

 だがそんな夢も、深夜の沈黙を割く彼女の鼾によって中断された。幸せとはなんと諸いものなのだろう。さっきまで愛しいと思われたその現象が、なにかを機に、一瞬にして真逆の意味に取って代わる。生活を共にするということは、まったく異なる生育環境で育った人間同士が、同じ屋根の下で暮らすということであり、こうした相容れない小さな小さな出来事の積み重なりによって、関係にヒビが入っていくことの末路を思うと、一筋の涙が流れた。
 ふいに彼女が私の腕を取り、自身の胸に抱き寄せた。私の腕は、彼女の胸のふくらみに当たって、頭が空っぽになっていった。気が付くと、彼女の胸の谷間に顔を埋めていた。

「これ、おれの性格を知るには持ってこいの本だよ(笑)」
 そういって私は彼女にその本を貸した。
 べつに読まれるとも思っていなかった。薦めたのはみうらじゅんの自伝的小説『自分なくしの旅』だ。
 私が「本が好きだ」という話をすると、「おすすめは?」と訊くので、本棚にあったこの一冊を取り出し、彼女に私を知ってもらう意味でもこの本を選んだ。

 数日後、彼女からLINEで感想が届いた。
「すっごくおもしろかった!笑」
「うへくんの言っている意味が、なんとなくわかった笑」

 私はそのメッセージを最後に、彼女の連絡先を消した。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
amazon