うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第21回: 許して、肉ごぼう天うどん

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.08.12

「うーむ……肉か、ごぼうか……」

 ここは駅前のうどん屋。カウンター席に通された私は、肉うどんにするかごぼう天うどんにするか迷っていた。
 本来であれば、豪勢にカツ丼セットでも頼んで、小鉢のうどんも楽しみたいところだが、なにせ私には金がない。このところ使いすぎている上、来月からは職を失う。
 最近付けだした家計簿を見ても、外食の内訳がとりわけ多くを占めており、少しでも節約するためにメニューのランクダウンを余儀なくされていた。だとしても。

「肉ごぼう天うどんでお願いします」

 肉とごぼうの両方を味わう。せめてこれぐらいの贅沢は許してほしい。

 するとそこに、いかにも「中年サラリーマン風」という風体の一人客が入ってきた。

「一名!」

 入店するなり、男は「にちゃっ」という音をさせ、湿らせた口元を舌で舐めながら斜向かいのカウンター席に座った。
 数分もしないうちに「きつねうどんで!」と威勢がいい。

「大判のきつねうどんにいたしますか? 刻んだものにいたしますか?」
 店員も負けじと威勢よく問うたが、客が覆いかぶせるように何かを言った。店員はそれを「刻んだもの」と言ったように勘違いしたようで、「刻んだものですね」と確認した。

「どっちでもいい」と客。

「では、大判のきつねうどんにいたします!」と声のトーンを急に2オクターブほど上げて、元気よく店員は答えて厨房に引き上げていった。

「にゃあ」

「なぜあえて変えたのだろうか」と私はしばらく訝っていたが、なんのことはない。それは厨房の人間が揚げを刻む手間が省けるという、まことに理に適った判断であったのだ。

 だがこの場合、客と店員という立場のみを鑑みるならばどうだろう。一度「刻むのですね」と確認したものを撤回してまで、「大判にいたします」という行動の大胆な転換は、相手に不信感を与えやしないだろうか。
 実際、「にゃあ」と素っ頓狂な声を出したときの客の顔は、冷蔵庫に長い間放置されてしわしわになった茄子なすびのような顔をしていた。

 あくまで店員は、店の(しかも、店内は閑散としているのにも拘らず、だ)利を選んだわけだ。
 ははあん。これは職業病というやつだな。ここは駅前のうどん屋。常日頃はひっきりなしに客が訪れては、注文を取り、忙しなく働いているのであろう。それがこうして店が閑散としているにも拘わらず、店員が店の利を選び取った理由だ。つまり、条件反射のようなものであると、そのように私は結論付けた。

 などと愚にもつかぬことを懸命に考えているうちに、奮発して選んだ肉ごぼう天うどんを平らげてしまっていた。味はよく覚えていない。

 ほどなくして、七百三十三円は尻から出た。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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