イシュマエル・ノヴォーク

コイディシュ・ブッフ

第22話: アリア~イディッシュ語新聞ができるまで

イシュマエル・ノヴォーク書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2020.08.07

 フォアヴェルツ紙編集デスク。天井には紫煙が滞留し、受話器はひっきりなしに鳴っている。記者たちは代わる代わる現れ、コートはおろか帽子も脱がずに最奥のボリス・ミジェレツキ編集長の部屋に向かい、褒め言葉や怒声を背中に浴びては勢いよく飛び出していく。まるで巣と餌場を行き来する鳥のように。

「この前、ドヴィド・ヘルツォークがここに来たんだってさ。まったく、よくもまぁ、ぬけぬけと来れたもんだよ」
「ヘネレ、食事は済ませたか? おれは済ませていないんだ。良かったら、近くのカフェに行かないか?」
「昨日の記事、誤植があったってさ。ボリスはカンカンだ。もう一度、ヘデルに通え! だってさ」
「あぁ、髪の毛を切ったんだな。言った通り、ポーランド人の店に行ったか? どうだった? 中々の腕だろう?」
「ラビ・レジーナ・ヨーナスの記事はどうした? 何日待たせるつもりだ? しっかりしなくちゃいかんな。彼女のような芽を摘んだドイツ人どもに見せつけてやるんだ」
「はい、こちらフォアヴェルツ!」
「マックス・ヴァインライヒのインタビュー記事。難しすぎたな。あれを読んでわかる奴なら、わざわざ買ったりしないだろうに。まったく、ウチはどこに向かっているんだか」

 ギンプルは丸眼鏡の縁を触り、言う。
「最初の文字は目が大きく、髭が濃い、黒頭の民が発明した。彼らだけがなしえたことなのだろうか? より単純なピクトグラフ、注意を呼び掛けるためだけの素朴な記号は、人々が交流し、動物の群れではないもの、社会を形成していくのに必要だろう。他の人々も似たようなものを実践したのではないだろうか? 心を伝えるためだけでなく、残そうとするために。これはミシュナーとは違う。ミシュナーは連帯を生む。カシュルート、討議もそうだ。ぼくたちが獣ではないことを証明し続けるために。知っているかい? 人種よりも国家のほうが多く、国家よりも文化、言葉のほうがはるかに多いということを。ぼくたちの言葉はそのうちのたった一つに過ぎない。多様であること。一つの考え、一人の欲望がこの世を征服することはなかった。これからもないだろう。では、二つの考えがこの世を引き裂くという可能性は? 野放図の自由、野蛮さと、コントロールされた社会の対立。あるいは、いびつな個人主義が枝葉を伸ばした結果、新たな集団を規定するために起きる戦い」
 ゲツルが「どういうことだい?」と尋ねると、ギンプルはクリップでとめた、タイプライターから吐き出されたばかりの書類をトレイにのせて
「他愛のないお喋りだよ。さぁ、これで終わりだ。あとはよろしく」
 


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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