イシュマエル・ノヴォーク

コイディシュ・ブッフ

第21話: 幕屋

イシュマエル・ノヴォーク書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2020.08.07

 薄暗い舞台の上には肌色タイツに長靴、山高帽といった奇妙な恰好のベリル・スモレンスキンが立っている。タイツ姿のベリルは薄暗い舞台でひどく滑稽に見えた。
 ベリルは今夜のショウで言うべきこと、言うべきでないことを頭の中で繰り返す。しゃがれ声、甲高い声、朗々としたイタリア歌曲風のテノール、はたまたチャールズ・チャップリンが真似をした独裁者。舞台袖で紙巻煙草を吸っているフェルドマンは口笛を一吹きするなり
「最初はどんな曲がいい?」
 心ここにあらずといった様子のベリルが「景気がいいのがいい」と言うと、フェルドマンはウッドベースを構えるマカロックと、スネアドラムとハイハット、シンバルが一枚しかないドラムセットの前に座るハモンドに向かって
「『マイ・リトル・シューズ』、フィールはラテンだ」
 マカロックとハモンドが示し合わせたように同じ速度で弾き始めた。フェルドマンが右手をヒラつかせて「まだやらなくていい」
 額から垂れた汗を手で拭ったベリルが
「今日は助かったよ。いつもの楽隊がアタっちまったんだ」
 フェルドマンは煙を吐き出し
「アスネのパンにはガキの頃から世話になっているからな」
「ネショメーニュは粋な女房さ」
 ハモンドがニヤけ顔で
「タイツの旦那。こいつの前で女の話は駄目だぜ。なんて言ったって、フェルドマンはフランス娘に逃げられたばっかりなんだからな」
 フェルドマンはハモンドを睨みつけ、灰皿で煙草を揉み消した。腕時計の革バンドを鼻に近付けたマカロックが「やっぱり臭うな」
フェルドマンが言う。
「ハモンド、おれたちは役者じゃない。口を縫い付けておけ。さぁ、時間だ。はじめるぞ」
 
 ベリルの合図で幕が上がりはじめると、ハモンドはシンバルの中央付近を叩いてシンバルがカウベルのような音で鳴る。マカロックは足踏みするように同じ音を弾く。フェルドマンがマウスピースを口にくわえて息を吹き込む。ベリルは長靴でステップを踏みながら
「さぁ、さぁ、天使はもちろん、首まで冷たい浴槽に浸かった悪魔もホウフクゼットウ!」
 
 まばらな人影のシークエンス。


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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