イシュマエル・ノヴォーク

コイディシュ・ブッフ

第15話: ちびの詐欺師

イシュマエル・ノヴォーク書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2020.08.07

 サンディエゴでの講演を終えた私は、自宅のあるニュー・ヘイヴンに帰らず、ニューヨークで過ごしていた。私はカフェのテラス席に腰掛け、次の仕事であるパウル・ツェランの詩の選集作業に没頭していた。思い出したようにヒヨコ豆のサンドウィッチを頬張った。
 テーブルにはパウル・ツェランの詩を書き写したカードが何枚も並んでいる。読者は翻訳された詩に何を期待するのだろう? 
「こんにちは」という声を聞いても顔を上げなかった。声は私に向かって発せられたように感じられなかったし、ニューヨークという忙しない個人主義の街ではそういったやりとりは物好き、あるいは厄介者と考えられるからだ。
「こんにちは。まったく、酷い暑さだ」
 そう言うなり、男が私の向かいの椅子に腰掛けた。ここで、ようやく私は顔を上げて男を見た。男は中年。髪は赤毛で鼻は団子鼻で眠たげな目つきをしている。茶色のストライプ柄の上着はくたびれており、三つのボタンのうち、一番上のものが欠けていた。
「酷い暑さだ。座っても?」
「もう座っているでしょう」
 中年男は団子鼻を擦ると「そのとおり」と言った。それから、あたりのビルを見渡して
「ここも随分と変わりました。初めて来た時は〈テラ・ノヴァ〉、ニューファンドランド島でした。大変、素晴らしい漁場があります。あの時、私にもう少し知恵があれば投資するべきでしたね。残念です」
 中年男が笑みを浮かべた。柔和で人好きする笑顔だった。テーブルの上のカードを見た中年男が「ドイツ語は好きです。ドイツ語には英語が捨ててしまった、耳に心地よい響きがあります。しかし、いささか難解です。世界征服など、もとより不可能だったのです。平易さこそが征服の条件です。ラテン語は複雑でしたが、いい線でした。それに、複雑さ故に優れたものを残しました。ウェルギリウス、ホラティウス、オウィディウス……素晴らしい。ツェランもまずまずです。『骨壺からの砂』や、最近出版されたばかりの『罌粟と記憶』は良い出来でしょう。人が残すことのできるものの総量を考えれば、十分な人生を歩んでいると言えます。しかし、いささか怖がりですね」
「怖がり?」
「詩人は怖がりです。恐怖心から言葉をひねり出し、恐怖を打ち消すために光喜や愛を謳います」
「あなたは嘘つきだ」
 中年男が肩をすくめて「私は嘘が嫌いです。あなたと同じようにね」
 私はカードを拾い上げてポケットに突っ込み、テーブルに金を置いて立ち上がった。さっさと歩き出した私の背中に向かって中年男が「あなたも詩人ですね。とびきりの詩人だ」
一週間ほど経った昼。ツェランの選集を終えた私は開放的な気分でカフェのテラス席でクリームチーズとロックスを食べていた。一週間以上ツェランの言葉に浸り、時として心底うんざりさせられもしたが、これも終わりだと思うと、幾分、寂しさを感じた。
「こんにちは。酷い暑さですね」
 頭を上げると、あの中年男が眠たげな目で微笑んでいた。相変わらず、茶色いストライプ柄の、くたびれて一番上のボタンが欠けた上着だった。私が「そうですね」と言うと、中年男が残念そうな顔で
「ここを去らなくてはいけなくなりました。今日はお別れを言いに来ました」
「私に会いに?」
「えぇ、優れた詩人にね」
「嫌味を言うために来たのですか?」
「いいえ、先ほど申し上げた通り、お別れを伝えに。ヒマラヤ地方に行こうと思います。ここは酷く暑いですからね。八五年後の今日、もう一度会えるでしょう」
「どういう意味です?」
 中年男は肩をすくめて「ジャーメイン。先日は名乗りそびれました。さようなら」
 ジャーメインがくるりと回れ右をして雑踏の中に消えた。

 彼が言った時までは、あと七〇年以上ある。その時、私が生きているとは思わないが、彼は生きていて、あのテラスに座りながら建ち並ぶビルを眺めているような気がする。


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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