イシュマエル・ノヴォーク

コイディシュ・ブッフ

第14話: かしこいものには花を

書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2020.08.07

 ぼくの左には靴磨きのイェフダーがいるイェフダーが地べたに座って大あくび
シュアハ世の中はうんと変わった
 イェフダーが靴墨で真っ黒の手で鼻をポリポリ掻いた
まずワシのお隣さんが変わったこれまで一日中休まずに喋り続けるイタリア人がいたしものぐさのアイルランド人華僑カフェルもいた
世界中の人たちがイェフダーの隣みたいだ
そう言っていいだろう不思議なもんだがお前とイダユダヤ人が続いたのは初めてさこれは奇跡だ奇跡はありふれているからワシらにはわからないようになっているんだいいか? 奇跡っていうのは日常のことだ日常! ボロ布で旦那方の靴をぴかぴかにしてやること!
仕事は大事だね
 イェフダーは手鼻をチーンとかんで手をブラブラさせた
お前は物分かりがいいでもそれで得意になっていると真っ逆さまだよぉく肝に銘じておくんだぞ昔の話だ二九年にはビルから大勢が飛び降りた下にはクッションなんて敷いていないのになその前の日までは旦那方はチップを弾んでくれたよチップなんて言えないぐらいの金額さ旦那方は大儲けしていたんだいよいよ神様がワシを金持ちにしてくれるんじゃないかと思ったぐらいさとんだ思い違いだったよあっという間にブルックリンのコロンビア通りからコート通りミル通りからロレーヌ通りはフーバー村になっちまって旦那方も村人になっちまった
村なんてないよ?
昔はあったのさ今は影も形もなくなっちまったがね最近じゃあカフェルも変わったな昔だったら大通りに出てくる時は早足で歩いたもんだが今じゃあのしのし歩いてる
ゆっくり歩くことは悪いこと?
いいや誰だってゆっくり歩きたい時はあるでもそういう風にしちゃいけないと言いつけられるんだ
誰に?
まわりって奴だ
ぼくとイダ?
いいやまわりっていうのは顔が無いんだついでに心も無い金は多少持っているが他人のために使おうなんてしないからじっさいは文無しと変わらんまわりっていうのはけちん坊で目も耳も使おうとしないそれなのにメシを放り込む口ばかりがデカいから大食らいまったく目も当てられんよその点ワシはどうだ? 多少の酒と豆が浮いたスープがあれば朝から晩まで靴をピカピカにできる
 イェフダーの目の前にお客がやってきて足を置くとイェフダーが片目を瞑ったぼくはポケットにしまっていたスモレンスキンさんからもらったベーグルに齧りついた
下を向くと決まって帽子が落ちてくる右隣でかご一杯の花を売っているイダが帽子をなおしてくれた
今日は花が売れ残っちゃいそう
ぼくもそれなら交換してみない?
じゃあ一つだけね
 イェフダーの下手っぴな鼻歌が聞こえてくるとぼくとイダが笑った地べたに座ったイダがフォアヴェルツ紙を広げてぼくはポケットに花をさした


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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