若林 理央

知らないともだち

第4話

若林 理央書いた人: 若林 理央, 投稿日時: 2020.08.08

 看護師が部屋を出ていくと、みのりがベッドの横の椅子を指さしたので私はそこに座った。
「おかしいやろ。私、また戻ってきてん。前とは違う病院やけどな」
 椅子に座り、黙って彼女の細い目を見る。何を言えばいいのか全然わからない。
「あんな変なもの送ってごめんな。あと、思い出させてごめんなさい」
 黙りこむ私をよそに、みのりは早口で話し始めた。
「あんなお母さんやけど、私が最初退院したときに一度だけ海に連れて行ってくれて。そのときに貝拾ってん。海に入らんのってお母さんは変な顔してたけど、きれいな白い貝集めてると気が楽になった。日が暮れてお母さんは車でどこかに行ってしまったけど、私は貝を拾い続けて袋に詰めた。そのとき持ってたお金がな、二千円。家から遠いところに海があったから、ギリギリで電車の切符買って帰れたわ。家に着いた後この貝誰にあげようかと思って、最初に頭に浮かんだのがあんたやった」
 みのりは一度話を区切り、ベッドの隣にあった水をごくごくと飲んだ。
「でな、あの貝、えりちゃんの肌の色に似てると思わんかった? 人間じゃないみたいな色の肌やんな。えりちゃん、どこに行ってしまったんやろと思って、私は…」
 みのりは急に悲しそうな表情になり、うつむいた。私はみのりを見た。
「私らが会ったのは、いつぐらいやったっけ?」
 思い切って聞いてみると、みのりは首を振った。
「わからへん。五年前くらい? 七年前? わからへん。でも、会いたかったよ」
「私の住所、どうやって知ったん?」
「あんたの親のとこ電話したの。そしたら私たちはもう関わりません、住所なら教えますから勝手に送ってくださいって言われた」
 母らしい。あの病院に私を連れてきたときもそうだった。睡眠誘導剤を飲み過ぎたあげく、手首を切った私を「治してほしい」と医者に言い、暴れる私を看護師たちが押さえつけて、そのまま入院になったのだ。
 なぜ今になって思い出せるのだろう。私は顔を上げ、無機質な病室の天井を見つめた。
 あの直後に持っているものはすべて没収された。スマホやボールペン、手帳も。どこの国の収容所かと思うほど厳密に隔離された個室で、泣きながら二日間過ごし、私は複数が入院する隔離病棟へ移動になった。
「あの頃は楽しかったやんな」
 みのりがうつむきながら言う。
「私ら仲良かった。閉じ込められたあの病棟で、みんな頑張ってた」
 私はうなずく。
「あんたとえりちゃん同じ部屋やったよな。年は十歳くらい違う?よくわからんけど、すごく仲良かった。えりちゃんは仲良い子少なかったから目立ってたで」
「私、あの貝、踏んだ」
 ふいに言葉が出た。息を吐くような調子だった。
「あんたが送ってきた貝、踏みつけた」
 自分の声に嫌悪感がにじんでいるのを感じる。私は胸の奥に重いものが置かれたのを感じた。痛い。あの貝を踏みしめたときの感覚に似ている。
 みのりが再び怯えたような表情になった。
「なに、怒ってるん?」
 そうだ。言葉にされると明確になった。私は一時間ほど前から、ずっといらだっていた。みのりの母親の私と目を合わせようとしない態度、せきをきったように話し出すみのりの品のない顔…むしずが走る。
 私がそれきり黙っていると、今度はみのりの表情が変わった。怯えが怒りに変わる様子を、こんなにはっきりと見たことがない。


雑誌とWebで取材記事(漫画家・外国人・企業)や書評を書いています。好書好日/ダ・ヴィンチニュース他。 執筆実績 https://www.wakariowriter.work/entry/portfolio波乱万丈な人生はエッセイにhttp://note.com/wakario 編集者と日本語教師もしています。読書とフランスが好き。
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