うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第19回: ねえ、ひょっとこハム太郎

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.08.01

 中学一年生の、とても厳しい夏だった。
 裕福な家庭の友達の家に遊びに行ったとき、飼われていた複数のハムスターを見て「欲しい」と思った。
 母親に何度も頼み込んで、世話もちゃんとするからと、自分で貯めたお小遣いをはたいてエサと飼育セットを買い揃え、万全の状態でお家にお出迎えすることになった。

 近所のホームセンターの一角にあるペットショップで、ケースの中でひしめくジャンガリアンという種類のハムスターを前に、「どの子にする?」と聞かれた私は、活発に動き回り踏み付け踏み付けられし合う連中を尻目に、ケースの隅っこで、大人しく、ほとんど身動きをせずじっとしている一匹に目を留めた。

 「あの隅っこのやつで」

 これから家族の一員となるのに、「やつ」呼ばわりはないだろう、と思った店員さんは思うだけで口には出さず、ケースに手を差し入れ、その一番元気のなさそうな一匹を拾い上げた。

 大人であったなら、選ぶ基準も違っていたのだろうか。
 私はその、ケースの隅で大人しく身を潜めているハムスターの姿に、あるいは自分の姿を重ね合わせ、救い出してあげようという願望とも慈悲ともつかぬ感情を抱きながら、神戸コロッケの箱のような紙箱にハムスターは収められ、わくわくした心持ちで、母の運転する車に乗って帰宅した。

 『ハムスターの飼い方』なる本を熟読していた私は、さっそくその手順に則り、水分補給は欠かさぬこと、ゲージの中はこまめに清掃すること、などを忠実に守り、実行した。

 今はまだ、連れてこられたばかりで警戒心も強いが、いつの日か、そう遠くない将来、手のひらに載せてナデナデするのが私の夢であった。

 「だって、ハム太郎はいつもやってることじゃん」

 ロコちゃんとハム太郎の関係性が、私の理想であった。

 「いつの日か、添い寝したい」

 そのためにも、愛情をたっぷり注がなくてはと、学業もそっちのけで日々を送った。

 「どうやらコロコロがいるらしい」

 ハムスターの運動不足を解消し、健康を増進してあげるためには、あの滑車が必要らしいと知ったのは、我が家にハムスターを迎え入れて5日も経った頃だったろうか。
 私はさっそく例のペットショップで滑車を買い求め、そのタイプではワンランク上の上等なやつを購入した。

 「うるさい」

 ハムスターは夜行性である。昼間はほとんど食うか寝るか糞するかして、夜になると活発になる。
 お小遣いを奮発して購入した滑車を気に入ってくれたことは嬉しかったが、それ以上に、滑車を走る音がうるさく、夜中に目を覚ますことが度々であった。

 私は家族が寝静まった深夜の暗闇の中、じっとそのハムスターを凝視した。
 そして、例の遊びを今日も敢行した。

 この遊びは、麻薬的な何かがある。子供の無垢であるがゆえの邪悪な心に囁きかけてくる。

 ひまわりの種で餌付けをして、ゲージを這い登らせ、天井まで届いたところで猿渡のような、人間でいうところの手だけでぶら下がった状態へと導くのである。
 そうして必死でしがみつき、プラプラしているハムスターの姿を見るのは愉快であった。
 それだけではない。その後、ほどなくして自分の体重を支えきれなくなったハムスターはそのまま地面へと落下するのである。

 最初にこれをやったときは、まさか落下するとは思っておらず、「ぼてっ」という不吉な音に、さすがに不安と焦燥を覚えたが、事も無げにクルリと身を翻し、餌を貪り食う姿を見て安堵した。それからそれはいつしか背徳的愉悦へと変じていった。

 なにもハムスターに対する愛情が無くなったわけでも、薄れたわけでもない。
 いやむしろ、愛情は募る一方であった。餌を求めて、健気にゲージをよじ登り、天井に来れば落ちるとわかっていながら、何度も何度も同じ過ちを繰り返す。
 まるで学習しないそのか弱き生き物に、俄然、愛情は募った。
 滑車によって起こされた私とハムスターとの、深夜にだけ許された秘密の営み。
 これは私たち二人だけの、秘密であった。

 それだけの寵愛を注いでいてなお、なぜ名前で呼ばぬのか、という疑問が湧くだろう。
 そう。なぜなら私は、彼を愛しているが故に、簡単に、単調な名を付けることが憚られたのだ。

 「慎重に考える必要がある」

 そうして一日一日が過ぎていった。

 ひと月もしないうちに、ハムスターは死んだ。
 ハムスターは暑さに滅法弱く、冷房なしでの生活は耐えられるものではなかった。
 まして、夏休みの丸一日のお出掛けによる主人の不在など、言語道断であった。

 暑さに弱いということは知っていた。だから出掛ける前に母に頼み込んでもいた。
 しかし、ハムスターのために冷房を付けっぱなしにして外出するなど、贅沢だという理由で許されなかった。

 「電気代がかかるもんね…」と、子供ながらに納得して引き下がり、小さな生き物とたった9時間程度の電気代を秤にかけた結果、その代償として命が失われた。

 帰宅早々、靴を脱ぎ捨て「揃えなさいっていつも言ってるやろ」という言葉も無視して、ハムスターのいるゲージまで飛んでいった。
 最初に見た数秒間は、「寝ているのかな」と思ったのだが、明らかに様子がおかしい。
 いつものように丸まった姿勢ではなく、体が伸びた状態であった。

 「うそやろうそやろうそやろ」

 頭の中で言葉がこだました。悔恨と怒りと哀しみで、私の脳や胸はいっぱいになった。
 おそるおそるゲージを開け、その小さな生き物に指先で触れた瞬間の冷たさは、生きていたときよりずっと克明に、彼が命のある生き物なのだということを強く、強く、感じさせられたのであった。

 「ハム太郎の練習」と称して、自室で放し飼いの練習をして、見事机の隙間に脱走され、捕まえるのに難儀したこと。
 手のひらに収めて「くしくし、くしくし」という仕草をしてくれんかなあと試みるも、指を噛まれ、図らずも、痛みで払いのけた指から地面に叩きつけてしまったこと。
 餌を一心に咀嚼しながら、糞をハムケツからポロポロと連結して飛び出させていた瞬間などが、走馬灯のように思い出された。

 「……死んどった」

 その言葉を言い終えるか終えないかを境に、「死」が急に現実の出来事として捉えられ、滲んでいた涙は、大粒の涙に変わった。声を上げてあんなに無心に無欲に泣いたのは、あれが最初で最後だったかもしれない。

 「花壇の隣に埋めてあげようね」

 母と私は膝小僧と肩を並べ、母が隣で見守る中、私は自分の手でスコップを使って穴を彫り、亡骸をそっと両手で土の上に置いた。

 あのときの出来事は、遠い記憶の彼方に追いやられ、すっかり忘れていたのだが、最近は敢えて昔の記憶をなぞるなどして思い出す習慣を心掛けているうちに、掘り当てた記憶の一つだった。

 失われていたと思っていたはずの記憶は、一度思い出されてみると、それが何故忘れ去られていたのかと不思議に思うほど、朧げではあるものの、断片的にはときに鮮明さを伴って、映像と感情が蘇る。

 それらに浸り、過去の出来事を、ただあるがままに受容することによって、私はまたひとつ、大人になっていく気がする。

 「明日はもっと楽しくなるよ。ねえ、ひょっとこハム太郎」


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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