若林 理央

知らないともだち

第3話

若林 理央書いた人: 若林 理央, 投稿日時: 2020.07.25

 大阪駅から地下鉄の梅田駅は、駅構内を歩いて五分もかからず着く。平日の昼間なのに人が多い。地下鉄御堂筋線で中もず駅行きの電車を探し身を隠すようにして乗り込んだ。人の視線が体中に降り注いでいるようで痛い。気のせいだとはわかっているけど。

 白い貝が届いた日、送り状の電話番号に電話をかけると一人の女性が出た。私が名乗ってもぴんとこないようで、戸惑っている様子だった。
「山岸みのりさんじゃありませんか?」
 私の問いに対して、数秒沈黙があった。言っていいものか迷ったが続けた。
「みのりさんから荷物と手紙が届いたんです」
 次の返事は早かった。
「みのりは今、入院しています。みのりのお友だち?」
 迷ったが、そうですと答えた。
「良かったら会いに来ますか?」
 そっけない声で電話の向こうの女性は言った。そして病院の場所を教えてくれた。

 ホームに着いた電車が音を上げる。御堂筋線の南に向かう電車の停車駅は、どれも同じに思える。終点じゃなかったら気づかず通り過ぎていただろう。
 バス停を探すのに時間がかかった。私のスマートフォンは相変わらず通話しかできない。待ち合わせの一時間前にバス停に着くように計算して家を出たが、正解だった。バスから病院までも四十分くらいかかる。それでも人の視線がふとしたことでぶつかり合う確率は電車のほうが高い。私はバスがいい。

 私は今からどうするのだろうか。病室で夕日を浴びながら手をつないだ相手が、みのりなのかどうかも知らないのに。
 バスから外の景色を見ていると、怠さが急に体に迫ってきた。ここまで来るのにもう二時間は経っている。自宅からこんなに離れたのは久しぶりだ。
 白い貝を踏んだときにできた小さな傷は、まだ足の裏に残っている。今日、何かが変わるのではないかという怖さと痛みが重なって身震いした。 
 バスを降りると、バス停で鏡を見ている女性がいた。電話の相手だったみのりの母は紫の服を着てくると言っていた。その女性はたしかに紫のロングワンピースだったが、ファンデーションで厚く塗られた肌と真っ赤な唇が紫と調和していなかった。私が目の前に立ったことに気づき、顔を上げたその人は長くて濃いまつげを動かした。
 彼女は鏡を小さなバッグにしまった。バッグも唇の色と同じように赤かった。
「ちゃんと会えるか心配やった」
 みのりの母はそう言い、すぐに私から目をそらした。
「病棟の入り口まで案内します。そうしたら、面会させてもらえるはずやから」
 その言葉と彼女が背を向けたのはほぼ同時だった。みのりの母は歩き始める。私の返事は必要としていないようだ。
 
 クリーム色の建物に入ってすぐ病院独特の匂いに包まれた。私はみのりの母に促され受付で名前を書いた。
「今日は、私はロビーにいます。この子はみのりの友だちです」
 みのりの母は受付の人にそう言うと、もう私と目を合わせることはせず離れていった。看護師らしい女性が受付から出てきた。
「ごめんなさいね、ここの決まりなので病室まで私も行きます」
 この看護師を私は知っているだろうか。記憶を辿ったが無駄だった。
 病棟はたくさんのセキュリティに囲まれていた。看護師はカードを扉の横の装置にかざし幾度も扉を開ける。
 ここは、明らかに精神科の隔離病棟だ。

 最後の扉を開けた後、いくつもの病室に取り囲まれた空間に入った。数人のルームウェアを着た女性たちがテーブル周辺にいた。二十歳くらいの女の子もいれば、背中まで白髪を垂らしている女性もいる。彼女たちは扉が開いた瞬間、ちらっと私を見て、すぐに視線を戻した。
 看護師はある病室に入った。仕切りのカーテンの数を数えるとこの病室は四人が定員のようだ。
「山岸さん、いますか。友だちが来ています」
 看護師がそう言うと、「友だちですか」と小さな声がした。看護師は手前左側のカーテンを開けた。
 現れたみのりは浅黒い肌をしていた。化粧っけのない顔に細い目と小さな鼻、皮がめくれそうな荒れた唇が目をひいた。
 あの日夕日を一緒に浴びた、貝のような白い肌のあの子ではない。すぐにわかった。しかし、みのりは怯えたような表情をしていた。
 私のことを知っているようだ。


雑誌とWebで取材記事(漫画家・外国人・企業)や書評を書いています。好書好日/ダ・ヴィンチニュース他。 執筆実績 https://www.wakariowriter.work/entry/portfolio波乱万丈な人生はエッセイにhttp://note.com/wakario 編集者と日本語教師もしています。読書とフランスが好き。
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