うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第17回: アシタカにはなれなかったが、現実の呪いは解けない

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.07.21

 コミュニケーション能力が著しく低下している。
 いや、低下しているというより、声が思うように出ていないようで、店員に度々聞き返される。

 「ポップコーンレギュラーセットで」

 「はい?」

 「ポップコーンレギュラーセットの、塩味でお願いします」

 「お味は塩とキャラメルございますが」

 「……塩味で」

 「ドリンクはどうなさいますか」

 「ペプシコーラ!」

 「750円になります」

 最後のペプシコーラは渾身の力を込めて言い放った。おかげで一度で伝わったようだ。

 まあこれは日頃からそうなのだが、私の声は多くの人にとって聞き取りづらい響きをしているようで、どれだけ相手の耳に届くよう工夫を凝らして声を発しているつもりでも、聞き直されたり、誤って伝わったりする。

 「ブレンドで」

 「はい?」

 「ブレンドコーヒーで」

 「支払いは、アイディーでお願いします」

 「どうぞ」

 「……あの、エディーじゃなくてアイディーです」

 心が弱っている、(とも本人は思ってないのだが)らしいときには尚更そうで、さらに拍車が掛かって、店員さんとのやり取りに難儀する。たしかにあまり心が晴れない日には、喉に何かがつっかえているような感覚がなくもないが、ただでさえ断絶された世界が、声帯の不具合によってその岸壁の幅が広がりをみせる。

 現実での声さえ届かないのなら、心の声など、尚更届くことなんてないではないか、などと余計なことを考えようとする自分が邪魔臭いし厨二臭いし口臭い。はあーっ。

 いつもなら750円もの大金を支払って単価の安い食い物と飲み物など買わないのだが、今回見た映画は1100円という特別料金だったため、普通に見たら1800円するところを、プラス50円でおまけが付いてくると思えば安い気がして、久々に買ったわけだ。

 鑑賞したのは『もののけ姫』。金曜ロードショーでしか見たことがなかった作品だ。
 小学校低学年のときにはよくアシタカの真似をしたものだ。

 「くっ、腕が……っ」

 「シシガミ、首をお返しするーーー」

 「私にアシタカの面影はないか」とまじまじと鏡を覗いたこともあったが、そこに映っていたのはひょっとこ顔の軟弱者だった。まったく凛々しくない顔に嫌気がさして、鏡を投げた。

 ジブリ映画とは一体なんなのだろうか。『もののけ姫』はもう何度見たか知れない。それなのにいくつになっても、「また見たい」と思わされる吸引力がある。そして見返すたびに、繰り返し胸に込み上げるものがある。

 とはいえ、擦れた大人になったがために、電通のことや糸井重里のことを考えないわけではない。

 巨大資本がなければ成立しえない。名実ともにあるコピーライターでなければ宣伝効果にも影響する。

 昨年はジブリ大博覧会にも足を運んだが、そこにあったキャッチコピーのボツ案は、吐き気を催すものが多かった。

 オチが綺麗すぎる作品など、よほどの手が込んでいない限り、好きにはなれない性分なのだが、ジブリに関してはそれを許せてしまう。

 

サン「アシタカは好きだ。でも、人間を許すことはできない」

 アシタカ「それでもいい。サンは森で、私はタタラ場で暮らそう。ともに生きよう。会いにいくよ。ヤックルに乗って」

 スクリーンの向こう側では丸く収まっても、現実はこうはいかない。エンドロールが流れる頃、そんな思いに耽る。
 よりいっそう、この世への絶望は色濃くなる。それは映画を見る前からわかっていたこと。それでもなお見ようと思っていたのだから。

 絶望を凝視してこそ、生きている実感が得られる、そんな脳味噌になってしまった。誇張などではない。いつ死んでもいいように、ここにある絶望を、命ある限り見続けたいと思う。そしてそれはどうやら、必ずしも苦しいことではないようだ。一種の陶酔のようなものが、たしかにある。私はそれを嘗めて生きるしか方法がないだけだ。この私の狭い頭蓋にある小さな脳味噌では。

私の云う「絶望」。それは具体的な何かを注視するということではなく、もはや抽象化してしまった現象を指して言っている。
 だが抽象化してしまったのは、人間の脳内だけの話であって、それは無慈悲に、常にそこかしこに忍び寄る、具体的な粉塵となって我々を襲っている。
 その悪魔的現実を、私は「絶望」と呼んでいるのだ。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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