イシュマエル・ノヴォーク

コイディシュ・ブッフ

第7話: プレイズ・ドミノ

イシュマエル・ノヴォーク書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2020.07.17

 サウス・ブロンクス地区にある〈骨折アパート〉の中庭には、いつ、誰が植えたのか住人も知らないシュロが生えている。おそらくは、どこかで黒い果実をついばんだ野鳥が糞と一緒に運んできたのだろう。

 中庭に置かれたテーブル、テーブルの上にはドミノボード、その上には手垢で黄ばんだ骨製の牌。牌は四人の男たちによって選ばれ、五枚の手札が完成する。
 一人がシュロを苦々しい目つきで見ている。毛だらけの樹皮。黄色い、密集した粒状の花。

「盗まれてばかりだ」
「何を盗まれたんだ? 金か?」
「素寒貧のおれから盗める奴がいるなら、お目にかかりたいもんだ」
「さぁ、さぁ、おれの番だ。クソっ、出せる札がないときた」
「こっちは今日、ツイてる。誰かがツイていない時は誰かがツイてる。そういうもんさ」
「それで……どこまで話したかな?」
「安息日の過ごし方について」
「あぁ、そうだった。どうもこの時間になると、ぼうっとしちまう。たとえば、こいつはタルムードに書かれていない」
「ラビもそこまでヒマじゃなかったのさ。だから、わざわざ書かなかったんだ。〈安息日に中庭でドミノをやるな〉なんて、思いつきもしなかっただろうよ」
「ドミノがなかったからさ。あったら禁止していたさ」
「ないものを禁止できないもんな」
「ありもしないものに騙される。特に、大きな嘘にかかればイチコロ」
「娘のリリはいくつになった? 相変わらずお針子をやっているのか? おれの倅はどうだ? 倅は一九。男前で、若い頃のおれにそっくりだぞ」
「女房に、大雪の日に家を叩き出されて大泣きしたお前さんにか?」
「嫌なことは思い出さなくていい。リリはいい娘だ。敬虔だし、過越の祭だって安心だ」
「お前さんみたいな男が義父じゃあ、かわいそうだ」
「歴史をもっと勉強しなくちゃいけない。経験したことしか知恵にできない奴は愚か者だ」
「そう思うか? おれが思うに、人は歴史からも経験からも学べない。学べるとしたら、せいぜい、学べないってことだけ」
「マギンズ!(まぬけ)」
「クソ……今日はツイてない」
「まったくだ」
「妙な話をするからだぞ」
 アパートの一室、開け放たれた窓からはアルトサックスの音が漏れている。分散和音は想定されるベース音、ドミナントセブンスに対して長三度上げたメジャーセブンスで解決された。
「フェルドマンの奴だ。やかましいのがはじまったぞ」
「やめさせればいいだろう?」
「アパートでラッパを吹くのはやめろ。とタルムードに書いてあったか?」
 
 牌の列を見た男が「不吉だ」と言い、鉤の列を手ではらうと掻き消した。


『ロクス・ソルス』という同人小説サークルで活動しています。それから、ジャズピアノの演奏活動をしています。気が向くと絵を描いたりします。
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