杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第262回: あしたの出版

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2020.
07.17Fri

あしたの出版

昭和の時代ならばれないようにこっそり行われて、ばれたら汚職だ不正だ癒着だと大騒ぎになってあっというまに内閣総辞職に至るようなことが、いまでは堂々とあからさまにやられて、それでだれもがそれを当然のように思って何もいわないんだから教育の積み重ねってすごい。小説の出版にはそういう社会の不備を補う機能もあると思う。与えられた枠組を疑う視点を提供する役割だ。わたしたちが無理せず自分自身でいられるような、おかしいことはおかしいといえる世の中であってほしいし、そのための本を出版したい。企業の出版物、とりわけ最初から日本語で書かれた小説にはもう二十年も前から見切りをつけている。彼らが刷るのは言葉ではなく手形であって著者はそのための下働きどころか孫請けのそのまた下でしかない。小説という表現様式がそもそも(ロックンロールがそうであるように)枠組を疑う性質である以上、彼らの望む手形の枠組には収まりようがない。編集者はつくりたい本をつくろうにも枠組からの逸脱が会社員として許されまい。ひとりひとりの志や思惑がどうあれ出版しようがない。実際にはすり抜ける道を見出す者もあるのかもしれないが、それはそのひと個人の、あるいはその出版社独自の闘いであってわたしにはわたしの闘い方がある。ウェブを利用した極小規模のD.I.Y.出版で試せることはとにかく何でも試している。いまとなってはだれも信じまいが個人による電子出版でわたしが日本で最初にやって広めたことは多い。実を結ばなかったことも山ほどあるし、大半の試みはだれにも理解されないばかりか脅迫の対象になったりしたけれど、大勢が真似して当たり前になったことも多い。たとえばKindleのロマンスカテゴリで素人のゴミがやたら目につくのはわたしが『悪魔とドライヴ』の販促に利用したせいだ。従来の流通経路で展開するには最低数十万は要るだろうし、リアルでの名刺配りやソーシャルメディアでのいっちょかみで顔を売る才覚も、つらい仕打ちに愛想笑いで頭を下げる努力も求められるだろう。従来手法に執着するなら胃に穴を空けてでもその価値はあるけれど、生憎わたしはその能力を持たない。金と人的資源を費やしてモノを物理的に移動させる業界に、選ばれし者だけが加われるかのようなスノッブな臭いを感じるし、そんな糞くだらない連中に認められようとも思わず、そこに執着する意味も感じないので別の道を選ぶ。結果としてだれにも認知されず、社会的にはやらなかったのと同じになるが構わない。つまらない輩に目をつけられて星1レビューで毀損されるよりましだ。他者や社会とのかかわり、すなわち相対評価で自己肯定感を得ようとすればつらくなるばかり。人生の充足はいかに自己満足できるかにかかっている。極小規模のインディペンデント出版はISBNの取得とAmazonPODの仲介業者にちょっと金を使うくらいで済む。初期費用は十万くらいか。社会的な能力を持たなければ広告に金を投じるのも手だ。気分に応じてtwitterやFacebookやgoogleの広告に金をつっこむ。やらないよりはやったほうがいい程度の試みで、あくまで年金暮らし爺さんが週に一度小遣いでくじを買うような次元の遊びだ。大金を投じたところで客層のミスマッチでろくなことにならない。人種暴動が起きた地域の平均年収と同程度のわたしの稼ぎであっても、それくらいならどうにかなる。創意工夫の余地はそんなことよりもむしろSEOにある。寄稿や書評でコンテンツを蓄積すれば、価値ある著者の虎の威を借りて長期的には集客に役立つ。そのために寄稿を募ったのかと問われればちょっと違う。あくまで夢想にすぎないが、五人の作家を集めればそれぞれの読者が別の作家に手を出して、互いに広く読まれるようになるかもしれない。そのようにして人格OverDriveの看板やドメインが強まればつくりたい本がより読まれ、より出版しやすくなるし、さらに寄稿者が集まってよい循環が生じるだろう。将来的な皮算用としてはそのようなものだが、とりあえずは五人の文章をわたしが読みたかっただけだ。わたしはわたしが読みたい本を出版したいだけなのだ。機能制限版というか普及版というか、セカンドライン版みたいなものを次の展開として考えている。機能がかぎられる代わりにだれでも気軽に利用できるソーシャルメディアだ。いずれにせよその前にコンテンツを充実させたい。すべての話はそれからだ。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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