若林 理央

知らないともだち

第2話

若林 理央書いた人: 若林 理央, 投稿日時: 2020.07.13

 床に寝そべったときの感覚は尾を引いて背骨に残る。

 我が家を訪れたのは宅配業者だった。夫が何か注文したのかと思い、床の感触が残る背をさすりながら、段ボールに入った荷物を受け取った。重みがあり、背中の痛みが少し増した。
 ドアを閉めてから、一度玄関の前で荷物を下ろす。
 背中の骨がじんじんする。私の中の空洞が物質的なもののとして骨の奥に存在しているように感じられた。
 送り状を見ると私宛ての荷物だ。送り主の欄には「山岸みのり」という名前と住所、電話番号が丁寧な字で記入されていた。
 見覚えのない名前なので送り返すべきかも知れないと一瞬思ったが面倒くさくて、そのまま段ボールに貼られたガムテープをはがした。
 中を見たとき、「あっ」と小さな悲鳴をあげてしまった。ビニールには白い塊が詰められていた。一瞬人骨のように見えたが、直後にそれは骨ではなくて、砂浜にある小さな貝たちであることに気がついた。
 私は貝の入っている袋を開け、手で中をまさぐった。
 袋をかき回すと、ざらっとした堅さが肌に伝わる。貝以外のものが何も入っていないことはすぐにわかった。貝をすくい上げ、床の上に少しずつ置いてみる。全部置き終えると、玄関の前に白くて固い世界が広がった。
 すべての貝を外に出した後、私は一通の封筒が段ボールの底にあることに気づいた。封を切ると、貝と同じ白い便箋に一行、文章がしたためられていた。

「お元気ですか。海に行ったので送ります」

 便箋から貝に視線を戻す。急に貝の色が不自然なほど白すぎる気がした。
 そのとき私を襲った感情に言葉をつけるなら、「厭」とも言えるし「高揚」とも言えるだろう。私ははだしの足で貝たちを踏みつけていた。貝たちは私の足の下で乱れる。力をこめると、足の裏に小さな傷がついた。先ほどの背中の鈍痛とは異なる感触だった。
 踏みつけられた貝たちから足を離して、一つ一つ色を見直した。やはり白い。ほんのりと他の色が混じっているものもあったが、よく見ないとわからない程度の色合いだ。そしてどの貝も土が混じっていない。
 送り主は、砂浜で真っ白な貝を選び、きれいに洗ってから私に送ったのだろう。

 私はこの白さを見たことがある。
 あの子の手は、白いだけではなくてとても小さかった。初めて手をつないだとき驚いたが、あたたかくて柔らかかったので、自分から手を離すことができなかった。骨の感触のしない手。
 窓からの夕日の色に白い顔が染まっていた。窓に向かい、夕日を眺める私たちの背後には無機質なベッドがあった。あれは複数が寝泊まりする病室だったはずだ。
 あの子の名前を思い出せない。彼女は「山岸みのり」という名前だったのだろうか。私の記憶はそこで閉じられてしまった。

 脳のバッテリーが切れたような軽い衝撃があり少し吐き気がした。送り状の電話番号をもう一度見直してから、私は貝をかき集め、段ボールの中に戻していった。
 私のスマートフォンはたしか通話だけはできたはずだ。貝をすべて段ボールに入れ終えた後、リビングに行くと、テーブルに放置されていたスマートフォンが何かを待っているように見えた。


雑誌とWebで取材記事(漫画家・外国人・企業)や書評を書いています。好書好日/ダ・ヴィンチニュース他。 執筆実績 https://www.wakariowriter.work/entry/portfolio波乱万丈な人生はエッセイにhttp://note.com/wakario 編集者と日本語教師もしています。読書とフランスが好き。
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