うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第14回: 「染まるよ」で蘇る思い出。奈良で童貞を捨ててきた話(Part2)

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.07.05

 彼女が小学生低学年の頃、近所の男子中学生に家に誘われてついていった先で、性器に指を入れられて弄ばれたときから、不快感と恐怖感の狭間で、たしかに覚えた快感の萌芽は、その後の彼女の人生に少なからぬ影響を与えたのだろう。

 これまでに体を重ねてきた男性の数は、優に100を超えていた。正確な数字など覚えていない。性的倒錯ともいえるその性癖は、演出ではなかったことをはじめての電話で思い知らされた。
「あたし、たくさん寝たで。それでもイヤとは思わへん?」
 彼女が躊躇いつつ問うたのは、そんな己の男性遍歴についてだった。そんなことに後ろめたさを覚えていたのかと、私はむしろ彼女が愛らしく思えた。
「ぜんぜん気にせんよ、むしろおれドーテーやからそっちのが心配(笑)」
「男の子はな、本能でわかんねん。腰の振り方が。そやから大丈夫やで」
嬉しいような悲しいような情報を聞かされた私は、あえてその感情を見ないようにして曖昧に笑った。

「まなちゃん、しょーちゃん、そろそろお外で遊んで来たらー? 天気もええで?」
 小一時間、ひとしきりお互いのことを話し合うと、受話器を離して彼女が子供らにそう呼びかける声が聞こえた。

 五歳の娘と三歳の息子を促して、電話越しにさっそく二人きりになることを図った彼女は、子供たちがアパートを出るや否や、
「ねえ、テレフォンセックスせえへん?」
と持ち掛けた。
 私はいま外から電話をかけていることを理由に、(そもそもテレフォンセックスとはなんなのか言葉の意味も知らないまま)「セックス」という単語に頭の芯がカッとなり、真っ白になり、変な脇汗をかきながら、キョロキョロと周りの人目を気にしながら断った。
「じゃあ、あたしだけでするから、うへちゃん、なにかエッチなこと囁いて」
 何度も渋ったのだが、彼女は頑として譲らず、こんなことで初っ端から揉めるのも「なんだかなあ」と思った私は折れた。
 ランナーや家族連れで賑わう中規模な公園の人気のない草むらの中に一人、しゃがみ込み、決死の覚悟を決めた。
「あたし、エッチになると、ドMやねんな」
 さっきまでの甘えるような喘ぎ声とは違う、もとのぶっきらぼうな調子でそう言うと、「はあ~、気持ちえがった~」などとおっさんみたいなことを言う。それでひとまず電話を終えるなり、彼女からメールが届く。
「もう我慢できへん。会いにきて」
 彼女は会いに行きたくても動けない。それは子供と旦那がいるからということもあるのだが、電車やバスなどに乗るとパニック障害の発作が起きるのだという。免許も原付しか持っていない。だから彼女が会いたいと言えば、それは必然的に私が会いに行くことになった。

 もちろん会いたくないわけではない。電話やメールでの彼女との会話は、知的な刺激に溢れていたし、彼女が好きだという「ハンニバル」や「メメント」、「17歳のカルテ」などの映画を観るにつけても、たしかに彼女は「自分」というものを持っていたし、「中学生の頃、担任の男性教諭にナボコフの『ロリータ』を薦められて読んだら、濡れた」とブログに綴られていたそれは、西洋文学に疎い文学かぶれ青年であった私の心をくすぐった。

 私にはたいした趣味もなかったので、お金の使い道がなく、貯金はたんまりあったから、行こうと思えばすぐに行くことができた。そうして二週間後の土曜日に会いに行く約束をした。
「楽しみやなあ」
 子供のような無邪気さで喜び、それと同時に「会った時の服装どうしようかなあ」などと恥ずかしがる初心うぶな少女のような彼女の声を聴いているうちに、はじめての遠方旅行に対する私の漠たる不安は払拭されていった。
 そのときはまだ、彼女と私との間に、これほどに非現実的で、残酷な出来事が待っていようとは、思いもしなかった。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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