うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第11回: 下衆の極み男

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.07.01

 待ち合わせ場所は駅のコンコースにあるミスドの前だった。予定より早く着いた。といっても、当初の待ち合わせの時刻よりもあえて一本早めの新幹線に乗車し、逢瀬にゆとりを持たせた結果なのだから当然だ。
 広島という街に、私は初めて降り立った。本来なら、のぞみやひかりで通過するだけの街。いつか観光がてら訪れてみたいと、行くつもりなどないくせに心の中で思ったことがある街に、とうとう訪れたのだ。

 きっかけは出会い系アプリのようなものだったと思う。「のようなもの」というのは、そもそもがそのアプリは出会いを目的としていないスマホアプリで、正規のマッチングアプリとは異なる、本来は雑談を楽しむだけのアプリだったからだ。
 手順は簡単。一定程度、画面上でのお喋りを楽しんだあと、頃合いを見計らい「LINE交換しない?」と送ってみる。それから連絡が途絶えればそれまでの話で、次に行くだけだ。べつにお互いに傷付きもしない。あるいは失望という意味では、相手は多少傷付いているのかもしれないが。こちらはむしろ、「また一からやり直しか」と面倒に思うだけで、それ以上の感慨はない。
 何度目かの失敗のあと、かのじょは「いいよ」と返信を寄こした。LINEIDを送る。
 「広島かあ…」
 そもそもがマッチングアプリではない。もしも会う段階になったときに、場所は近ければ近いほどいい。福岡と広島。このくらいの距離には目をつむる必要があるだろう。
 数日間LINEでのやりとりを重ねるうちに、かのじょは私より4つ年下の大学二年生であること、広島駅からほど近い場所に住んでいること、いまは彼氏がいないことなどが判明した。
 お互いに小細工を施したプリクラなどを送り合い、双方、及第点と判断したのだろう。待ち合わせ場所と時間を決めた。

 「会ってもいいよ」

 なぜこうもかのじょの警戒心が薄く、ことの成り行きがこんなにもスムーズなのかと訝られた方もいるだろう。それは当然だろう。普通であればこんな急展開はあり得ない。
 というのも私は姑息にも不自然さのないタイミングで、自作した詩やデモ音源などを送り付け、どこか焦点のぼやけた影の薄い、それでいて印象に残るキャラクターを演じたからだ。
 そんなもので、と鼻で嗤うかもしれない。だが実際にこれで何人かの女性を落としてきた。いやむしろ、リアルで女性とお付き合いに発展したことなど一度もなく、私はいつもこの手を使って、決して多いとはいえない女性を落としてきた。文字通りに。

 「子供の頃の僕は まるで別人のようで あの頃の空はあんなにも 青く見えたのに」

 「鈍い痛みを知る頃には みんな歳を取りすぎている」

 「誰かを強く信じ込んでしまうと 自分を見失うよ お手本のようには なれなくていいから」

 プリクラで見た容姿でも、雰囲気と立ち居振る舞いでわかってしまうものである。こういうときかのじょらは、決まって顔を半分隠そうとする。私とて、人のことを言えた義理ではないが、相手がこれほど緊張を隠しもせず恥ずかしがっていると、相対的に冷静さを装い、その装いが本物の冷静さとなって落ち着きを取り戻す。
 「はじめまして」
 まず思ったのは、胸が大きいということだった。ここだけは勘違いしてほしくないので言わせてもらうが、私は初対面の女性に対して顔、胸、尻、などを不躾に眺め、内心で舌なめずりをするような男では断じて、ない。
 それはニキビを「あ、ニキビ」と認識する感覚と同程度のもので「あ、胸がおっきい」と思っただけだ。それに最近の私は尻派だ。
 やたらと腕を組んできたので胸が当たって困っていたことも記憶に残っている一因かもしれない。

 「カープかサンフレッチェ一色やね…」
 駅一面に張られていたポスターは赤か紫で染め上げられていて、少し圧倒される。
 「みんな好きやもんね~、夕方はもっとすごいよ!」

 広島初めてだから案内してよ、と言った私の言葉を受けてかのじょが連れて行ってくれたのは厳島神社だった。
 厳島神社。テレフォンカードで見たことのあるその海に浸かった鳥居は、実際に見ると壮観で、これをぼーっと眺めるだけでもここに訪れた価値はある気がした。糞の臭いさえなければ。そう、ここには鹿を視界に入れないことのほうが困難なくらい鹿で埋め尽くされており、せんべいをせがんでは咀嚼し、そのまま尻から糞を垂れ流すという光景も漏れなく見た。漏らしているのに。

 厳島神社はその名の通り「島」となっており、フェリーで乗り付けるのだが、その境内は広く、ちょっとしたダンジョンのように入り組んでいる。小道の角にあった茶屋で餡子あんこの入った餅と茶を啜った。やはり人気のない場所は落ち着く。私はそろそろ人気のない場所へ行きたくなっていた。
 歩くたびに腕を絡めてくるのが鬱陶しく、振りほどいてはそそくさと歩き、ふくれている彼女を振り返りつつ、十歩くらいの距離を保ちながら、人混みに紛れてかのじょを見失わないよう、注意しながら歩いた。

 「あのときね、うれしかった」
 かのじょは湯舟の中でそう答えた。
 「ずんずん行ってしまうのかと思ったら、あたしのこと気にかけながら、待っててくれた」
 「ねえ、知っとる?あたしが立ち止まったら、あなたも立ち止まってたんよ」

 「(意外と毛深いなあ…)」
 私は視線を落としたまま、放心したようにかのじょの二の腕のぷつぷつとした毛穴をじっと見つめていた。

 ベッドの上でことに及ぶまで、私はかのじょが処女であることを知らなかった。
 「前の彼氏とは、したことないんよ」

 「そろそろ帰るわ」
 「えー、もう少しあそぼうよ~」

 「親に言ってないし、門限うるさいんだわ」

 かのじょのLINEの連絡先は、ほどなくして消した。
 これはなにも過去の、若気の至りで済ませられる類の話ではない。私には、このような残酷な側面がある。なぜそのようなことをしたのか。かのじょの処女を奪うだけ奪っておいて、煩わしいというただそれだけの理由で、連絡先を消した。
 傷付いていないなど、ありえない。かのじょはたしかに、私に心を許しはじめていた。それを知っていてなお、私はこのような振る舞いに出たのだ。

 私は私が恐ろしい。日頃どれだけ女性に対して気遣いを心がけていても、いざというときには尻尾を巻いて逃げるのだ。そういう男のことを蔑み、糾弾してきたはずの自分が、「そういう男」だったのだ。
 私に誰かを愛する資格などない。愛以前に、誰かを抱く資格すらないのではないか。
 身ごもるという可能性について、その結果を受け入れられないものが、女性を抱いてはいけないのではないか。自分のことを棚に上げて言うが、無論、世間の男の大半はその結果など、考えもせず行為に及んでいる。

 私は、まだ見ぬ妻と、その子の身を案じ、孤独になろうと決めた。

 これは昨日、まったく関係のない別の事柄から導き出された結論であったが、唐突にここに差し込んでみた。なんだか収まりがよく、この言葉で締められたなら、格好もついただろう。
 だが私は、それほどの強さなど、いまはまだ持ち合わせていない。

 あるとすれば。一縷の望みがあるとすれば、例えそれが望まぬものであったとしても、愛する人との間に生まれた命であったなら、私はこれを受け入れるだろう。詭弁だろうか。罪滅ぼしだろうか。

 金さえあれば、という下衆な心が耳元で囁いている。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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