D.I.Y.出版日誌

連載第259回: 素人のくせに

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2020.
06.23Tue

素人のくせに

Amazonがほんとうに顧客第一であったなら関連付けやランキングなどの表示機会がもうちょっと読者の需要に寄り添っているはず。アルゴリズムの操作による利益の最大化が彼らの意図するところであって、客が喜ぼうが落胆しようが彼らの商売には影響しない。ソーシャルメディアとしての側面もありながら、顧客と顧客を結びつけることすら満足にできないのはいかがなものか。安全な高みから他人を貶めることだけがソーシャルメディアの機能ではない。版元と読者が直接つながるソーシャルメディアとしてのモール、を人格OverDriveは将来的な視野に入れている。著者と読者が直接つながることに利点はない。「自分が書いたものならさぞ傑作に思えることだろう、そんなものにお金は出さないよ」と著者バイアスへの消費者バイアスがどうしても生じるし、そのバイアスは「版元に支援されない著者」とのバイアスによってさらに昂じる。ところが版元が推すと扱いは大きく変わる。読者は「この作品を世に出したい」という「第三者」(実際は当事者なのだが)の情熱を感じ、「そんなにいい本なら買ってみようかな」との心理が働くことになる。実例として人格OverDriveでもそのような現象が生じる。自分の記事についてツイートしても読まれないが、ご寄稿いただいた文章なら確実に反応が得られる。一方で著者と読者を安易につなげると、マウントやマンスプレイニングで済むならまだましで、いずれ刃物や爆発物や毒物がでてくる。わたし自身も過去の試みでそれに近い経験をした。「書店と読者」ならどうか。「書店が推す商品」となるとモールの規模によっては、どうしても顧客の需要を無視した一方的な押しつけになりがちだ。それが実際に金になるし、突きつめれば個人の情熱など不要であって、アルゴリズムによって自動生成できるので、読書から人間性が排除される一方となる。それでは読者は離れる。それがAmazonでいま実際に起きていることで、逆に個人に近いレベルまで規模を縮めていけば血の通ったものとなる。しかしその方向をひたすら推し進めればいずれ版元と書店が重なり合う。この思考において物理的な制約は想定しない。ひとやモノを物理的な距離を移動させる、という制約がなければ取次に求められるのは各モールの差違を吸収するインタプリタとしての役割だけとなる。版元と読者を密にすればそれは必ずしも不要だ。極端な話、狭い部屋のふたりが「おもしろいよ」「千円で売って」「いいよ」と会話すれば済む。……わたしが知的障害者でなければこんな話もだれかに理解してもらえたのだろうか。目の前で手品を見せられた猿が怒る動画を見たことがある。知能が高度に発達した定型発達者でさえも往々にして似た行動をとる。彼らの目に触れぬよう、したたかにやりたい。賞賛される同人誌の話題を見るにつけ感じるのだが、わたしに致命的に欠けているのは愛される才覚だ。何をどれだけやったところで所詮「素人のくせに」と笑われるばかりだ。出版において素人であるばかりか社会生活に困難をきたす水準の(しかし福祉の対象にはならない程度の)知的障害者でもある。「素人のくせに」で思い出すのはかつて本業でお問合せいただいた自称東大卒のお客様だ。「わたしは高度な知識を有する専門家だ。何も知らない素人のくせに。黙りたまえ!」と、一時間以上もわたくしどもの商品についてご高説を賜られた。ご多忙のなか、わざわざ問合せておきながらそれに対する回答はひと言たりとも拒否し、一方的かつ高圧的に、無知蒙昧な相手に対して教えを垂れるだけだったのである。つまり、聞くのではなく聞かせたかったのだ。それが高度な知識を有するプロの態度だ。「××のくせに」には任意の「××」を、あたかも社会的に劣ったものであることが自明であるかのように威圧的に提示することで、両者の力関係を再定義させようとする意図がある。しかし「のび太」が単なる人名でしかないように、「××」が社会的に劣ったものであることは実際には自明ではない。威圧によって錯覚させることではじめて定義されるものでしかない。自分のしっぽをとらえてぐるぐるまわっているような滑稽味があり、それゆえに「のび太」のギャグが成立する。一方おなじ定型文を用いてはいるものの、異なった効果をもつバリエーションに「大卒のくせに」というのがある。工場で深夜勤務をしているとき「大卒のくせにそんなこともできないのか」とよく溜息をつかれた。これには特権を有するものへのカウンターとしての効果があるように思える。「素人のくせに知ったような口を」といわれたら「プロのくせに」なるカウンターで返すべきだろうか? ……否。プロ、つまらねえなと思って、プロには届かぬ領域まで、素人の身軽さでさっさと歩いて行くだけだ。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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