うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第9回: 叔父とのドライブ

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.06.25

 私が既に不登校児となっていた小学五年生の頃。当時、父親は仕事の都合で単身沖縄へ、母と姉と私の三人家族とローン返済の終わっていない一軒家を残して赴任していた。
 偶然とはいえ、父親が側にいなくなったタイミングで不登校児となってしまった私。母はおそらくただでさえ二人の子供をこれから女手一人でしっかり育てていこうと決心した矢先、息子が不登校になってしまったことに負い目を感じていたのかもしれない。
 最初こそ私が登校拒否することを非難し、強硬的な手段にも出たが、梃子でも動かないと悟った母は、だんだん無理強いすることを諦めた。その代わりに、私を連れて、母親が信奉している宗教施設に熱心に通わせたり、山奥の僻地にあるカウンセリング施設に通わせたりと、今となっては忘れてしまったが、私の気分転換になるようなことは比較的自由にさせてくれた。

 そんな母の気遣いに少しでも応えようと思ったのか思わなかったのか、母と一緒に宗教施設に通うことは、私のなかで一つの「守らねばならない強固な折り合い」となっていた。
 あの頃の私は、どういうわけか頑なに外出を嫌がった。それが例え気分転換のための遊びに出掛けることだとわかっていても、外に出ることそのものに恐怖感を覚えていた。母はただ、外の空気を吸ってほしかったのだと思う。このまま我が子が家から一歩も出なくなり、家に引きこもってしまうのではないかという未来を想像して、恐れるのも無理もない。
 私には宗教施設に通うことも最初は一大決心であったが、それでもその一点だけが唯一、私が母の元に、この家に居てもいい理由としての最低ラインであるような気がして、そのラインだけは必死で守ろうとしていた。言い方を換えれば、「これさえ守っておけば、母が許してくれる最低ライン」だったわけだ。
 そんなわけで私は一時期、母の言うこと、とくに「宗教に関すること」だけは、たとえ意に沿わないことであれ、逆らわないようにしようと心に決めていた。
 母が「これは神様のご加護だ」と言えば首を縦に振り、「やっぱり神様ってすごい」「お母さんの信じる神様こそが本物の神様だ」と、姉と私は母の言葉を信用し、絶対だと思っていた。(私に関しては、思おうとしていた。という側面もある)

 そんなある日、外出を嫌がる息子を外に連れ出したかった母は、父の兄である叔父が「ドライブに行かないか」と誘っているよと、私に伝えてきた。叔父は、私の父と違う意味で少し変人気質であったが、ドケチな父とは違って少し気前がよい。未婚であり、祖母の家へ泊りに行くと、仕事のない日は近所の公園でバドミントンなどして遊んでくれることもしばしばであった。
 「何か買ってもらえるかも」と私は期待した。ところが行き先を聞いたときには、「家から遠すぎるので行かない」と断った私であったが、叔父が折れて、「じゃあ、うへくんの好きなところに連れてってあげるよ」と言ってくれた。
 私はいまだに外に出ることは怖かったが、「トイザらス」と外出への恐怖心を天秤にかけた結果、トイザらスを取ることにした。
 
 平日快晴。ドライブ日和。叔父が家の前まで乗り付けてきた車に乗って、そのまま郊外にあるトイザらスへと向かった。
 「こんな近くでほんとにいいの?」
 叔父はどうやらまだ遠出したがっているようであったが、私が頑なにNOの意思表示として口を真一文字に結び、表情を曇らせるという手法を取った結果、「それならいいけど~」とまたもや折れてくれた。
 「ありがたやありがたや」
 自動車で片道20分ほどのトイザらスへ向かう車中で、とりとめもないことをしゃべった。子供の私にはわからなかったけれど、いま思い返すとあれは叔父なりの優しさだったのかもしれない。学校に関することは何一つ問わず、私や叔父の趣味、そして祖母の話などに終始した。
 トイザらスのだだっ広い駐車場に入るなり、私の鼓動は高鳴った。まだ買ってくれると約束したわけではなかったけれど、道中、いまハマっているカードゲームについて熱く語ったし、叔父の機嫌も適度に取ったつもりだ。抜かりはない。叔父は言った。

 「何か欲しいものがあったら言ってね」

 「……え、いいんですか」

 そんな展開になるなんて、予期してもいませんでしたよ、と言いたげな表情を取り繕ったつもりであったが、そこは子供。内心から溢れ出る喜びが抑えきれずに、口元から笑みが溢れていたと思う。
 私は一目散に、といって、その商品があるであろう場所に直行するのは「ははん、最初から買ってもらおうという魂胆だったんだな」と思われては先程の演技が水泡に帰すので、寄り道をするフリもしつつ、心は税込価格、千五十円のデュエルマスターズ、スターターデッキセットを血眼になって探し当てた。

 トイザらスという空間は、なんて幸せな気分に浸れる場所なのだろう。あの人形のプラスティックや、その接着剤が放つ眩暈のする香り。このえもいわれぬ空気を、胸いっぱいに吸い込みたくなる。

 「もういいの?」

 「え?……あ、はい」

 ちょっと大人げなかったかな、なんつって。大人じゃねっつの。念願のスターターデッキセットを手に入れた私は、はやる気持ちを抑えながら、そそくさと助手席に戻った。
 そう。私の目的は、さらに高いところにあった。
 「ボルシャック・ドラゴン」。これこそが私が欲しているレアカードであり、主人公、切札勝負の持つ一番カッコよくて強い火属性のモンスターなのである。

 開封するまでわからないところがトレーディングカードゲームの醍醐味であり、哀しみでもある。否、主成分は哀しみであろう。これまで数多のトレーディングカードのブースターパックやスターターデッキセットを購入してきたが、本当に欲しいものが手に入ったためしなど、無いに等しく、こんなところから既に人生の凄惨さ、「人生はそんなに甘くないレール」が敷設されていた。現実の厳しさを味わうための予行練習。僕らはトイザらスキッズ。子供の国にさえ夢も希望もない。そこにあるのは、大人の世界であり、ビジネスだけだ。

 ぼんやりしたまま車外を眺めやり、並走する車のナンバーなどを意味もなく眺めていた。

 「どうした、眠くなった?」

 叔父の手前、ここで拗ねてはあまりにも義理がないし、なにより大人げがない。だから大人じゃないっつの。

 「はい、すこし。でももう目が覚めました!」

 気を取り直してシャンとした私は言った。

 「お母さんに晩御飯の材料買ってくるようにメモもらってるから、スーパー寄るね」

 帰り道にあったスーパーの駐車場へとハンドルを切りながら叔父は言った。

 「あっ、国産シイタケ、ありました!」

 私は母親の教育の賜物で、小学五年生にして、生協が安全、かつ国産が安全、かつ有機野菜が体に良いことを仕込まれていたので、なんの特別な意図もなく、そう口にした。

 「あったあった、中国産にしよう」

 私は目と耳を疑った。体と心が、一瞬分離したような感覚に陥った。

 当時、中国産といえば、シイタケから高濃度の農薬が検出されたことが全国的なニュースになっており、世間的にも避けられていた時期であった。
 ただでさえ健康志向の卵であった私は、中央分離帯に激突した気分であった。

 叔父は鼻歌でも唄い出さんばかりに笑みを漏らしつつ、中国産のソレを買い物かごに放り投げた。

 「だって、面白いじゃん」

 叔父はたしかにそう言った。そう。私は忘れていた。叔父が変人であることを。

 私は軽い恐怖を覚えながら、叔父が次々と買い物かごに放り込む中国産野菜の数々に戦々恐々とした。母に何故叔父が中国産野菜を買うのを止めなかったのかと責められることも想像し、気が滅入った。

 「ちょっと信じられる!?」

 二週間後。母は叔父や電話をかけてきた祖母に憤っていた。もちろん受話器は置いたあとだ。

 あのあと叔父とは買ってきた食材で母が作った晩御飯を一緒に食べ、一服してから帰っていったのだ。

 「『あの家族は気持ちが悪かった。ことあるごとに神様って言うし、食材へのこだわりも異常。子供も洗脳されてる。』とか、おばあちゃんに言ったらしいよ!それを伝えてくるおばあちゃんもおばあちゃんや!やっぱ変な家族!」

 私には叔父が変人に見え、叔父には私たち家族が変人に見えたのだという。

 この世には普通というのは案外、当人が思い込んでいる幻想だけが存在し、それは傍から見ると、変人であるのかもしれない。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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