D.I.Y.出版日誌

連載第251回: アーヴィングの想い出

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2020.
06.07Sun

アーヴィングの想い出

『熊を放つ』について「読んでる時はそこまで面白くはない」と語るツイートが流れてきた。どうしたらそのように読めるのだろう。逆にどんな小説ならおもしろく読めるのだろう。厭味や皮肉ではなく純粋にふしぎだ。『熊を放つ』といえばくしゃみ。二作目と三作目は『ガープの世界』でセルフパロディされていたようにいまひとつだった。つまらなくはないけどファンでないかぎり図書館で探してまで読む必要はない。トイレの水風船はどっちだっけ。水療法のほうか。すると何ポンドだかの結婚のほうは筋が思い出せない。村上春樹が「さいきんヴォネガットいまいちだよね」と口を滑らして師匠大好きすぎるアーヴィングに「ぶるしっと」といわれて「そんな怒んなくてもいいじゃないか」とむっとして、険悪になった話が好きだ。『サーカスの息子』はサイコサスペンスが流行っていたころにど直球でミステリをやった異色作。結末の情景からさかのぼって書く、という話が印象に残った。ユライア・ヒープ的な悪人の設定は、うーん、アーヴィングの経歴を知らなければ単純に差別だと誤解されそうな気がして落ち着かなかった。『第四の手』はアーヴィングにしてはめずらしい、あっさりした中編。このあとに過去を清算する『また会う日まで』を書いているので、つらい経験にまっこうから向き合うために、飛ぶ前に屈むような過程が必要だったのだと思う。『あの川のほとりで』には、あの苦い痛みに満ちた大傑作を書いたあとでまださらに遠くへ行けるのか、とびっくりした。『ひとりの体で』は『また会う日まで』を書くに至る経験をした作家が、自分の過去と重なりつつもまた別のつらさを生きる息子に、静かに語りかけるような本だった。『神秘大通り』には困惑している。抑制されすぎて彼ならではの情動が味わえなかった。わが国で最初にKindle版がでたアーヴィング作品で、そのあとからポール・オースターなども電子版がでるようになる。グアダルーペの聖母を扱った物語になぜかこのころ、いくつも出くわした。シンクロニシティ。日本人観光客のマスクが奇妙なものとして描かれていた。上にあげた本はどれも若いころに熱心に読んだきり読み返していない。いま読めばまた違った印象になるのかもしれない。『ガープの世界』だけは『逆さの月』と『ぼっちの帝国』のためにわりと最近、読み返した。たしか『オウエンのために祈りを』の一節だったと思うけれど、デモについて彼が語った言葉を最近よく思い出す。同時多発テロについて「そのただなかではなく周縁から書く」と語った言葉も。だからどうということもないのだけれど。

ガープの世界


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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