D.I.Y.出版日誌

連載第248回: だれもいない森で倒れる木

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2020.
06.04Thu

だれもいない森で倒れる木

ZINEというものをはじめて手にした切手や紙テープや手描きイラストのかわいさとか郵送で届くのを待つわくわくとか開封したうれしさとか紙のにおいとか手触りとか印刷の質感とかまちまちな字の組み方とかそういった体験すべてを楽しむものだと感じた自分のやっていることを ZINE やカセットテープ D.I.Y. 文化に近いものと捉えていたけれどそうでもなかったようだこれまでに五冊つくったプリントオンデマンドのペイパーバックでこのような読書体験はなし得ていないCreateSpace でつくった三冊は Amazon のシステム上の都合で価格が高騰している受注生産なのだが一定数売れるとあらかじめ数部刷られ複数の拡大ストアに商品がまわるそれが在庫となるしばらく売れないとアルゴリズムが希少品と判定し複数の店舗間で自動的に価格のつり上げ競争がはじまる価格のつり上げ合戦はフィリップ・ K ・ディックが描いた核戦争後に増殖する自動機械さながらに暴走する本来は千円でおつりがくるはずのだれにも需要のない本が現在では三千円以上だと思ったらしばらく見ぬうちに価格が下がっていたあまりにも長期間売れなかったために別なアルゴリズムが走ったのだろうそれでも本来の価格よりずっと高いKU のグラフが一頁分すら微動だにしない時期が半月もつづいたその間何度かカテゴリ 20 位程度まで上昇したまったく読まれていないのに上昇するのは印刷版が売れたからだろうかと考えたが実際に売れたのは一冊だけで電子版の順位とは無関係だった印刷版が影響しないのだとすれば可能性はふたつ何らかの意図で順位を微調整されたかもしくは逆に実際には読まれたのに読まれなかったことにされたか先月後半は不自然なほど急激に閲覧が途絶えたので後者の可能性もゼロではないしかしわたしの本は読まれるほうが珍しいし印税をケチるために表示を改竄するなら順位も連動させるはずなのでどちらかといえば何かの実験にたまたま巻き込まれた公算が高い考えても詮ないことだAmazon は彼らがやりたいように表示するしわたしはそのわずかなおこぼれにあずかるにすぎないほんとうにわずかなおこぼれだその程度の無能なのだ先日あるやりとりで主婦業は労働と見なされぬと知った発達障害には困難である高度なオペレーションが労働でないならばわたしの本業ひととひとのあいだの調整をしたりちょちょこと事務的なことをやったりする役目なのだがそれはなおさら労働ではあるまいすくなくとも賃金に値する労働ではないせめて小説では労働と呼べる成果を残したと思いたいが実際には小学生の小遣い程度にしかならなかったKindle の出版では一般的な会社員の初任給ほど月々に稼ぐ素人もめずらしくないそうだし目を覆うようなゴミでさえもあるいはだからこそなのか好意的なレビューを集め最低でも月に数万は稼ぐのが普通であるようだわたしはといえば筆名を変えてから毀損を目的とした人格否定レビューこそ集めなくなったもののDM でこっそり丁寧な感想を伝えてくれた親切な方おひとりを別にすれば公に得られた感想といえばインタビューと称して呼び出しておきながらばーかばーかへったくそー)」 といった低次元の人格否定をふっかけてくるような輩くらいばーかばーかは誇張だがはそのとき実際に何度も使われた表現だ)。 人生のいかなる場面においても自分なりにせいいっぱいやれることをやってきて結果はこのざまだ。 『ぼっちの帝国を書いたより長期間を何も書けずにすごした


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。