D.I.Y.出版日誌

連載第245回: ことばの民主化

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2020.
05.27Wed

ことばの民主化

グーテンベルクは一部の特権階級のものだった本を多くのひとびとへ開放した。インターネットもまた権力に認められなければ言葉を広められない状況を変えうるものとして期待された。しかし実際には個人に何の力も与えなかった。権力に与するもの、または新たな権力をかたちづくるものでしかなかった。ソーシャルメディアと政治カルトがともにファシズムの語源である「絆」を訴えるのはそのためだ。それが彼らの利益になる。twitterやAmazonのようなプラットフォームはそもそも中立ではない。商売に投稿者を利用しているだけだ。企業は政府に忖度するものだし、とりわけ日本のtwitterは人権をなくすことを悲願とする政治家に共鳴している。投稿者の自由は当然ながら運営企業の許す範囲にしかない。書くための場所に金を払わぬというのはそういうことだ。サーバまで用意するのはさすがにハードルが高いにせよ、自由な発言の場は自前でつくるしかない。WordPressは「出版の民主化」を謳っている。epubはインターネットから派生しながらも閉(綴)じられているがゆえに個を尊重する。しかし結局はそれらもAmazonやtwitterやGoogleのようなプラットフォームがなければ、さながら無人の森で倒れた木のごとく、存在せぬも同然となる現実がある。欠陥が広く知られながらもだれもが巨大プラットフォームに依存せざるを得ない理由は、結局のところ汎用性にある。人間はひとと違うことに耐えられない。「みんながやっている」場でなければだれも使わない。「だれもが同じ」のプロトコルにのっとり、そこに最適化された社会的評価こそが人間の価値として流通する。汎用性のないそれ以外の価値は通貨として無効だ。民主的であるとは、他人と折り合いをつけながらそれぞれが自分らしく生きること、だと思うのだけれど、現実の社会は残念ながら、他者との違いを尊重した時点で疎外される立て付けになっている。個を尊重することと汎用性が両立する術はいまだ見出されていない。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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