D.I.Y.出版日誌

連載第239回: ひきこもる

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2020.
05.03Sun

ひきこもる

歪んだ認知で精いっぱい幸福に生きたいのに気を緩めると宮沢賢治の水彩画のように世界が裂けて向こう側の現実がかいま見える自分を客観視などしたくない無料配布五冊くらいは捌けたかなと考えながら客に罵倒される仕事を終えて帰宅し管理画面を見た一冊も動いていなかった人気の商業作品がどこでも無料配布されているときに間が悪かったよなとも思う自己欺瞞だとわかっている現実にはそれが社会における適正な価値なのだそしてフォロワーは減った最近ようやくわかってきたのだが社会的に無価値なアカウントに対するいいねはつけたいいねの返礼なのだそれもある一定のフォーマットに沿っていればの許容であって逸脱は許されない自著について語るなど逸脱の最たるものだ自分にとって twitter はやはり四人囃子のおまつりのような場所だなと思う今回のアカウントには社会訓練の意図もあるので、 『悪魔とドライヴを出版した四年前のガツガツした宣伝目的の運用のようには他人の反応にふりまわされて一喜一憂することはないADHD 特有の強迫傾向ゆえ依存しやすいという問題はあるけれど逆にいえばそれ以上の問題はない自己肯定感に悪影響があるのはむしろ出版だ書くことだけは無能と思いたくない価値があるという幻想にしがみつくことでのみ生存を正当化できるしかし実際はそこにおいても無能であり無価値であり社会の迷惑でさえあるエンパワメントのためにやっているのに浅ましくも人前に出ようとすることで現実を直視させられあべこべの結果が得られるのではやらぬがましだじゃあやめればよかろうとも思うのだがやめられないそういう病気なのだ有害なあがきの一環で本の販売代行をうたう会社に問い合わせた無名人を相手にしても一銭にもならぬのに丁寧に教えてくれた手売りの経験を積んでから出直すべきとのことだった社会的能力に欠陥があるから書いて出版しているしかし流通させるには社会的能力が問われる人間を介さずウェブ上の仕組みのみで流通させる方法はないものかその答えのひとつが Amazon だが結局は彼らに気に入られるだけの価値と社会性が求められるわたしにはそのどちらもない生存のための労働ならやむを得ないせいぜい医者に治療を拒否されるほどの無能で気の毒な他者を脅かして生き恥をかくしかない書いて出版することはそうではない不要不急だやめられぬのならだれの目にも触れぬようにやればよい難しいことではあるまいどうせどれだけの仕事をしたところでだれの目にも触れぬのだ触れぬものを触れようとあがくから社会の害になる極力だれともかかわらずに生きねばならない流行の社会的距離ソーシャル・ディスタンスというやつだ出版活動を自己満足に最適化するのだ2017 年のリニューアル時点で意図したのがそれだった初心に返らねばステイ・ホーム


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。