杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第234回: D.I.Y.のサミズダート

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2020.
04.04Sat

D.I.Y.のサミズダート

毎日なにかしら書くことはある、とツイートした翌日にはもう書くことがない。が、惰性で日記を垂れ流すことが『ぼっちの帝国』につながった経緯もあるので次作の『GONZO』の肩慣らしのつもりで無意味な日記を今夜も書いてみる。なぜなら今夜もまた下戸のくせに深酒をしてすっかり酔っ払っているからだ。一冊も読んだことのない若手作家の運営する小説投稿サイトなるものを昨夜、見に行ったわけだが、プロを名乗る作品のどれもがライトノベル風の、いかにもアニメっぽいイラスト表紙が似合いそうなくそくだらない代物ばかりに思えて、これのどこが「一般文芸」(そのサイトはそのように標榜している)なのだろうと首をひねったものだった。まぁそうなんだろう。現在の日本の「一般文芸」はそのようなものなのだろう。大手出版社が二十年もかけてそのような読者を育ててきたのだからそれはそうなるだろう。出版社はそのような客が金になると考えたのだ。儲かりましたか。よかったですね。結果として読みたい本はどこからも出版されない世の中となった。アニメ風イラスト表紙の「わかりやすい」本ばかりが書店に平積みされるようになり、わたしは書店に足を運ばなくなった。好きな棚づくりをしている書店はどこも潰れた。アニメ風イラスト表紙の、ほかのどれとも区別のつかない本を平積みするほかのどれとも区別のつかない書店ばかりがわずかに残った。コピー&ペーストで大量生産されたかのようなそんな店に足を運ぶくらいなら、アルファベット最初の文字からはじまる偉大なるモール様で買ったほうがまだましだ。アニメ風イラストの、ほかのどれとも区別のつかない本で育った読者は、そのようなものこそが本だと認識する。そこから逸脱するものは許さない。そのような幼稚で偏狭な読者に手に取られるとろくなことにならない。勘弁してほしい。わたしの本の読者はどこにいるのだろう。まっとうに本が読める読者はどこにいるのだろう。そんな人間はいやしない。昨日は人格OverDriveの機能を他人にも使わせるかのようなことを書いた。ありえない話だ。わたし以外のだれがわたしの考えを理解できるというのか。他人と関わるなんてぞっとする。だれとも関わらずにひとりで好きなように生きるのだ。だれにも読まれないものをだれにも読まれぬように出版するのだ。マスの出版はマスク二枚を礼賛するような輩のためにある。D.I.Y.のサミズダートは地下から世界を変革する。それがわたしだけの世界であるとしても。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
ぼっち広告