杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第233回: 小説投稿サイトとD.I.Y.出版とディスカバラビリティ

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2020.
04.03Fri

小説投稿サイトとD.I.Y.出版とディスカバラビリティ

中村航さんの小説投稿サイトを見に行った。肝心の小説が横書きのゴシック体でがっかりした。小説を読ませるつくりになっていない。プロも書いていることが売りのようだが体裁が醜いのでプロの作品に見えない。というかそもそも投稿小説サイトが人気なのはどれも代わり映えのしないアマチュアのゴミだからだ。そこで求められるのはプロの技術でも文学的な豊かさでもない。「馴染み感」だ。そのためには素人のゴミであるほうが歴然と有利だ。自分とおなじ素人によって馴染みのあるものが書かれている、というのが重要なのだ。ほかのだれにも書けない豊かなものを高い技術で読ませるのがプロなので、ゴミが尊ばれる世界ではどうしたって素人にはかなわない。戦場が違いすぎる。素人であればあるほど喜ばれる世界では、筋の悪い客層にとんちんかんな低評価をつけられるのが関の山だ。プロがそんな次元に降りていく必要はない。しかしこれまでの出版のありようでは戦えないという問題意識は正しい。であればこれまでにないものをつくらねばならないし、そのためには読書とは何か、出版とは何かといった根源的な定義に立ち返らねばならない。人格OverDriveでは電子書籍元年といわれた2010年からずっとそればかり考えて実践している。当サイトに参加者が小説を投稿すれば読みやすい縦書きで表示される。さらに読書感想文を投稿することで導線が生じる。すなわち検索して訪れた客が感想文の書き手に関心を持てばそこから著書に出逢う機会が生じる。『本の網』によって関連付けも強化される、というのはつまり検索で訪れた客が「似ている本」の表示によって、参加者の本に出逢う機会が得られる。自動生成された著者ページで世界の文豪と同格に並ぶ。新着一覧や人気ランキングや運営側のおすすめによってのみ出逢いが発生するのでは、どんな傑作も埋もれるばかりでディスカバラビリティも何もあったものではない。実際に本が読まれる機会のあらゆるパターンをウェブで模倣するところからはじめなければならない。その上でなおかつ、ウェブでしか得られない新たな可能性を見出さねばならない。アルファベット最初の文字からはじまる偉大なるモール様の栄華はそういう理由で長くつづかないと断言する。『本の網』(本の紹介ページでは「似ている本」として表示)は現在、「特集」なるパラメータによって関連づけている。いずれはもっとさまざまなパラメータを付与して精度を上げるつもりだ。参加者の連載が溜まればISBNつきのペイパーバックで単行本化することも将来的には考えている。が、利用している仲介業者が印税振込先の複数指定に対応しておらず、報酬を渡す手段がないので「書籍化」については自著でしか実現できていない。出版レーベルでもある当サイトにはそのような機能があるのだが試してみませんか。興味のある方はご一報ください。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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