D.I.Y.出版日誌

連載第230回: コロナ以後の世界と出版

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2020.
04.01Wed

コロナ以後の世界と出版

以前妄想中年日記と題していた連載を出版日誌として再開する三十年ほど前に生産者の顔が見える野菜といったものが話題になったと記憶している農家の名前と似顔絵を袋に貼って販売したのだ顔の見えない世界的大企業が巨大資本で地球規模の画一化された商売をやるというのだけがまかり通るのではなく人間性を隠さない個人がひとりひとりのお客さんと向き合って相手の人格を尊重した商売をするそれが出版の未来かもしれない個々の人間のは必ずしも見えなくていい見えるべき見せるべきは独自の視点とそれによって提示される文脈だその棚でしか得られない文脈とその文脈を支える独自の視点が求められているたとえばわたしはナボコフを発達障害者の認知を描く作家だと考えているなので淡い焰を売りたい棚には発達障害の解説書やものすごくうるさくてありえないほど近いアバウト・ア・ボーイを並べるだろうナボコフの肖像をあしらった缶バッジやトートバッグやマグカップも並べるかもしれない文脈という言葉がわかりにくければ関連付けでもいいアルファベット最初の文字からはじまる偉大なるモール様はこの関連付けが致命的にだめだ独自の視点は存在せず、 「売れるものをより売りたい」 「利益や権利において都合のいいものを売りたいという読者をないがしろにする論理ばかりかつては似た購入傾向が関連づけられることで結果的に文脈が生成されていただが彼らのアルゴリズムは利益や権利の効率を最大化することに主眼を置いているその核が雪だるま式に膨れ上がった結果現在では売りたい商品がただ陳列されている状態と化した顧客第一主義を謳いながら実際には客を顧みない店の栄華がいつまでもつづくとは思えない20 年以内に衰退するだろう巨大モールが衰退して残るのは個人商店ではない草一本も生えない焦土だ個人商店街をシャッター通りにしたショッピングモールが撤退したからといってどの店も復活しないのと同じだモールの都合しか棚に見出せなければ本とはつまらぬものだとの印象が広まり定着するすでにそうなりつつあるそうなる前に動かねばならない独自の視点に基づく文脈あるいは関連付けを提示するそれこそがいま出版に求められている。 『本の網はそのための試みだ


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。