D.I.Y.出版日誌

連載第226回: 見出される

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2019.
11.04Mon

見出される

佐藤亜紀氏がプリントオンデマンドをはじめたのは今年からのようだおそらくおれと同じサービスを使っていると思われる新書版を選択したのはペイパーバックの質感に馴染みやすいからだろう絶版本の版権を出版社から引き上げて自力で出版する著者はこれからも増える企業の資本で校正校閲され知名度を得た作品であっても彼らが売るつもりのない本を著者がどう扱おうが問題ないのだろうAmazon レビューを信じるならばデビュー作の Kindle 版は校正を経ていないテキストを使用しているようだ企業の権利に配慮したのか手元に残っていたデータが校正前のものだっただけなのかはわからないプリントオンデマンドの件も含めてそのあたりを取材した記事を読みたいものだ今後は企業が発掘して育て上げた著者が投下資本を回収されるべき頃合いで原稿を引き上げて自主出版に向かう流れが生じるだろう売ってもらえず自助努力だけ求められるのでは企業の下請けとして残留するだけの充分な利点がないしかしそもそも発掘して育て上げる博打に資本を投下する胆力が企業にどれだけ残されているのか著者自身のソーシャルメディアでの立ちまわりに丸投げするようでは役割も限定的になる法的な問題の解決や校正・校閲といった部分的な役割のみが求められるようになりかねないそうなれば何も総合的な役割をひとつの企業に求める意味はなくなる校正・校閲はそれを専門とする業者に法律は法律家に著者が自力で依頼するようになるだろういちいち調べて依頼するのが面倒だという著者に対しては出版エージェントが商売をする余地が生じようが残念ながらこの国において出版エージェントなる業態はおれの知るかぎり詐欺のような悪い噂しか聞かないストアで佐藤亜紀氏の著書一覧を拝見すると失礼ながらブックデザインが徐々に向上しているように感じられるご自身でやっておられるのだろうかLook Inside! で見るかぎりプリントオンデマンドの本文はワープロソフトで出力したもののようだ肝心の小説については較べようもないが本としてのつくりだけは人格 OverDrive のほうが上を行っている彼女がキャリアのはじめから自主出版であったなら読者に見出されたろうかストアの適性という点でいえばわからないがいずれにせよソーシャルメディアで大勢のフォロワーを集め評価経済の換金装置としてのストアへ誘導するのも困難ではなかったかもしれない成功する著者はどのような時代であっても成功するものなのだろう。 『火星の人のアンディ・ウィアーがいかにして見出されたのかは調べてもよくわからないウェブサイトに無料公開した小説が評判を呼んで⋯⋯という伝説は有名でもウェブサイトが見出された経緯を解説した記事には出くわさないとある記事によれば多くのフォロワーが連載小説の Kindle による単行本化を望んだとあるのでおそらくソーシャルメディアでの立ちまわりが巧みであったのだろうインターネットのテキスト表示は英語の考え方やつくりに基づいているたとえばパラグラフと段落行間とラインハイトは異なる概念だそのため日本語で長文を読ませるには適さないのだが長編小説を読むのに本としてのパッケージ化が求められるのは英語圏でも同じなのかもしれないあるいは日本と同様に評価経済の換金装置としての役割が求められたのだろういわゆるお布施あるいは振り込めない詐欺的なニーズにおいてなぜこんなことをつらつら考えているかというとぼっちの帝国悪魔とドライヴの三十倍はよく書けたのに十数人にしか読まれなかったからだ。 『悪魔とドライヴはブラッシュアップ工程の参加者に話題にしていただいたおかげでもう少し読まれた大勢で互いに技能の貸し借りをする手法を広めて定着させれば品質向上においてもディスカバラビリティにおいても利点は大きかったのだがこれまで何度も書いてきたように脅迫や厭がらせによって参加者が危険に晒され他人の本にまで適用させることができなかったせっかくの気運が潰されたのでその手は二度と使えなくなった品質における代替手段は結局のところ上に述べたように金をかけて業者に委託するしかなくなったではディスカバラビリティにおいてはどうかと問えば即効性のある正解としてはソーシャルメディアでの巧みな立ちまわり世渡りの術がすべてであろうしかしそんな器用な真似ができぬから小説を書くのである本には短期的に話題となって非常によく売れるがすぐ忘れ去られてブックオフの百円コーナーに並ぶものと長い時間をかけて静かに読まれつづけるものとがありどちらかといえば後者をめざしたい前者は人づてに読まれ後者は本のつながりで読まれるそのつながりを本の網に実装し検索経由で訪れた客を自著に誘導することができればと夢想している極めて長期的な視点に立たねばならない即効性はないそして現状は読書量が圧倒的に足りない小説を書くのと読むのを同時にやれない性質たちで困っている。 『ぼっちの帝国が手を離れたので長らく積ん読になっていたウィリアム・ギャディスJ Rに取りかかろうとしたのだがどうも身が入らない書いていた七ヶ月のあいだに読書する筋力が衰えたようだぼっちの帝国ペイパーバック版はあす発売


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。