D.I.Y.出版日誌

連載第225回: とりあえずの挨拶

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
10.30Wed

とりあえずの挨拶

暫定的に変な挨拶を試している杜昌彦です。印刷版の申請をした。Beatlesのパロディとしてはまずまずの装幀だ。電子版より笑える。笑うのはおれだけだが。来月なかばには販売開始されるはずだ。例によって販売前に見本を取り寄せて校正したりはしなかった。不注意優勢型のADHDなのでそんなことをしても役に立たない。ここ数年書いてきたようなごく短い中編なら数カ所の誤りだけで済む。十四年ぶりに長編と呼べる分量を書いてみると、やはり個人でやれる範囲には限界があると感じた。どうしたって自力では気づきようのない綻びが生じる。他人の、それもプロの目が必要だ。編集者や校閲者が。かつてそうした問題を解決とまではいえずとも改善する手立てを構想した。厭がらせや脅迫に遭い断念せざるを得なかった。さすがに三年も経つと状況が変わる。あれだけ大勢から憎まれ人格否定されたのが嘘のようだ。やはりKU上陸が大きかった。大手出版社もようやく本腰を入れつつある。再挑戦するとしたら「本の網」の精度を高めてからだろう。複数のタームが重複したものを優先して表示させたい。現状はひとつのタームしか表示できない。ターム自体に優先順位を付与することでまぁまぁそれっぽい「似ている」を実現している。理想通りにできれば作風をマッピングできる。分布図のように視覚的に把握できればなおよい。ある著者の本を気に入ったら似た作風の著者を探せる。そういうのを求める意見をつい最近、実際にいくつか目にした。だったら三年前になぜやめさせられたのか理解できないが、世間とはそういうものなのだ。口先だけで済むからこそだれもが好き勝手に「あったらいいな」を述べる。実際に具体的な動きを見ると不安になり、群がって躍起となって叩き潰す。とりわけそれが権威者によってではなく個人によってなされるのであれば。そういうものなのだ。当時構想していたツールにはほかにもさまざまな目論見があった。総じていえばインディ文学をブランディングすることと、そのための必須条件としての品質向上がその試みでは期待できるはずだった。いまはそれを極めて個人的な場でいかに転用するかに腐心している。極めて個人的、というのは何をやったところでおれ以外そのことを知りようがないからだ。広告に投じる金もないしソーシャルな技能もない。もとよりそんな力があればもっとましな人生を生きている。そこまでして読まれたいわけでもない。他人に関わるとろくなことがない。耐えがたい眠気に促されて今夜はここまでとする。おやすみ全世界!


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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