D.I.Y.出版日誌

連載第219回: 好きにやらせろ

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2019.
10.19Sat

好きにやらせろ

ぼっちの帝国の価格は知人に買ってもらったら 380 円に上げるつもりでいるそれまでは 99 円元年から九年黒船来航から七年最近になってようやく紙は場所をとるからと電子版で読むひとに実際に出くわすようになったその知人には 200 円やるから買ってくれよとせがむつもりだ販促費が 101 円なら Facebook や Google の広告費より安い書いたものが他人のもとに残ればなんとなく満足感を得られるというだけで実際に読まれる必要はない買わされる側にしてみれば妙な購入履歴が残るのは釈然としまいがそれなら 200 円受けとるだけ受けとって買ったような顔さえしてくれればいいむしろ感想をいわなくちゃ!などと気負われるほうが心苦しい気遣いはありがたいがその負担にお礼を述べるのが気詰まりだ罪悪感を味わいたくて買わせるのではないでは何のためかきっと頭がおかしいからなんじゃないかなアルファベット最初の文字からはじまる偉大なるモール様の商品ページは汚染された思わしくない商品と関連づけられて表示されるようになった旧筆名時代の石をひっくり返して醜い虫を観察するのにも似た興味で貶めようとする客しかいなかった類は友を呼ぶというやつでおれは所詮その程度なのだ逆にいえば彼らも所詮おれと同程度なのだ醜い虫を観察するとき醜い虫もまたあなたを観察しているのだそのうち作中に登場する金舟みたいなレビューをつけられるのだろう望ましい客筋に訴える努力をしなかったからだ気力がなかったというか金がなかったもっとましな装画を用意して印刷版まで完成させてから広告をすれば多少はましだったかもしれない金がなかったのでしょうがない金がほしいのかと自問する金を受けとればそれなりの社会性が求められるそんな能力はないだったら要らないと自答する99 円で出したのちに値上げする案は販促をちゃんとやるつもりでいたときに考えたいまとなってはどうでもいいランディングページは世間的には偉大なるモール様ということになるだろうがおれにとっては人格 OverDrive こそがランディングページだ意思の及ばない場にクヨクヨしてもしょうがない自力でコントロールできるその場さえ醜くなければいい。 『ぼっちの帝国を書いてみて実感したのだがおれのミソジニーは底なしだここまでひどい悪意をあからさまに書く人間はほかにいまいこれまでにも何度もくりかえし予告してきたがミソジニー二部作の片割れはGONZOという中年探偵と女装男子の BL アクションになる予定。 『ぼっちの帝国よりもはるかにジャンル的な作法に徹するつもりだそうした書き方からは長いこと離れていたので思い出すのに難儀しそうな気もするとりあえず積ん読を解消し二十年ほど前に感銘を受けた作品群を読み返して勘を取り戻しその上でノワール系のジャンルを集中的に学習しようと考えている。 『ぼっちの帝国は女として共感できないと評されたひとりの女性が全女性の感性を代表できるものか疑問だがそれはともかく健常者は発達障害者に共感できないそれだけのことだおれだって健常者には共感できないそして発達障害とひとくちにいってもひとそれぞれで互いに共感などしようがない人間はだれしも他人だどこまでも相容れないその相容れなさを書いているだれにも共感できずだれからも共感され得ない孤独を相容れないその孤独こそが尊重されるべきそのひとの人格であるということをそういうものを書いて出版する人間が世の中にひとりくらいいてもいいじゃないかどうせだれも読まないのだし好きにやらせろ


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

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