D.I.Y.出版日誌

連載第217回: 個人的な理由

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2019.
10.17Thu

個人的な理由

八冊売れた自分以外に七人が買ったということだKU も含めればさらにもうひとり手応えが皆無なので広告をやめた小学生の虫歯予防図画コンクールみたいな逆さの月のときでさえもう少しは反応があった驚くことでも嘆くことでもない正直にひらきなおれば自作イラストとしてはそれほど悪かったと考えていないしかしストアに並べるとぼっちの帝国の装画は明らかにみすぼらしいいかにも素人のゴミでございといった態だよほど見るからにプロフェッショナルでなければ白い装幀はやめたほうがいいしかし Beatles 風にするにはああするしかなかったし自力ではあれが限界だ他人に頼むコネも金もない印刷版の裏表紙はグレーのヘルベチカでThe Botchiesとするつもりだナンバリング風の文字も入れるかもしれない商売ではないのでやりたいようにやって満足できればいい。 「わかりやすくするためのサブタイトルも逆効果だったおれのわかりやすさわかりやすさへの悪意でありそれがあからさますぎたこうまで反応が悪いと知人に配るにも適さない。 『悪魔とドライヴは幸福な本だった大勢の協力を得て世間的なわかりやすさに可能なかぎり寄せた他人の装画のおかげで自著ではもっとも読まれたあれは最初からあの長さを意図して書いた今回連載ごっこをやってみてわかったのだがウェブで長編は読まれにくいせいぜい 250 枚が限度だ短いものを短期間で定期的に連発すれば長いものも読まれるようになるのかもしれないすでにあるわかりやすい商品でかつ短いということだ意図してそれがやれるのは優れた商売人だと思う残念ながらおれは優れた商売人ではないただ病気で書いているだけの人間だ。 『Pの刺激KISS の法則は可哀想な本だった何度も書き直すうちに削りすぎたもとの三分の一以下になり読みやすくなった反面つまらなくなった装幀はうまくやれたと思う。 『逆さの月は今回のための助走であったのであんなものだろう装幀も今回のよりはましだ読むには八百枚くらいがちょうどいいたまに千二百枚くらいの読み応えのあるものを望むピンチョンとかアーヴィングとか豊穣な長さだからいい本もあるしかし普段はなるべく片手になじむ厚さを好む逆に三百枚前後の短さもいいタイトでソリッドで鋭く胸に突き刺さるそれぞれのサイズ感がそれぞれの理由で生理的にしっくりくるもっともだめなのは今回書いたような六百四十枚くらいの中途半端なやつだ扱いにくい長さであることは新人賞の規定がたいがい五百枚以下であることからもわかる自分で購入してざっと目を通して短いなと思った書いた感覚としても余力があったしあと二百枚はあってよかったしかし当初からこの長さあるいは短さを予定して書いたので仕方ない書くのに要した時間も予定通りだったプロフェッショナルな技能を確かめられた点ではよかったしかし他人に読ませようと考えるなら七ヶ月もかけてやるような仕事ではない名刺代わりに配るには今後も悪魔とドライヴがいいかもしれない装画が優れているし薄くて相手の負担が少ない99 円で購入した自著に苗字に君付けするはずの人物が綽名で呼んでいる箇所と奥付の脱字を見つけた直して再アップロードしたのだがそれによりもっと大きなミスが生じたかもしれない別に構わないどうせ読むのは自分を含めて九人だやはり小説は書くものではない読むものだこれからしばらくは他人の本を読んで過ごす普段このサイトを見に訪れる五人ほどの客にはおそらく気色の悪い虫を観察するような意識があるあなたがそうだというつもりはないでもそのあなたでさえもマザーレス・ブルックリンの感想は読まずにこの日記を読んでいるあなた以外の客はもちろんぼっちの帝国を読まないし読まずに貶めるようなことをいいふらすそれがわかっていてなぜこんな文章を書くのかそういう病気なのだそれにいま他人にどう思われようと数年後のおれはこの文章をなんとなくおもしろく感じるのだあの頃は自分なりに頑張っていたなとかそういう個人的な理由で


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。