杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第218回: 出版と個の幸福

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
10.15Tue

出版と個の幸福

書いているあいだはそれほどでもなかったのに書き上げたら鬱になった。出版せねばならないからだ。そもそも何のために出版するのか。自己肯定感を得るためだ。自分にもやれることがあるという実感ないし錯覚を得るためだ。そのためには他者の介在を成立の条件に含めてはならない。あくまで努力によってコントロールし得るもののみを対象とせねばならない。一方で出版の概念は公にすることを含む。他者との関わりによってはじめて存在を規定される。具体例をあげればストアは自分の外にある概念でありコントロールできない。客層も相容れない。自己を貶め肯定感を奪う他者にほかならない。にもかかわらずそこに公開せねば「る」ことにならない。ならば手段に過ぎぬのを努めて意識せねばならない。自己肯定感のために何がやれるかを活動の基準としたい。次の休みには印刷版を作成する。三年前から漠然と取り組んできた『ぼっちの帝国』に今月中に片をつける。年末までは本を読む。読んで感想を書く。自己肯定感の向上に貢献することは実証済みだ。いい本を読めば気分がよくなる。単純な話だ。長期的には本の網で集客し自著に繋げる目論見もある。本は個に属するもので単純には割り切れず、かつ長期的に捉えるべきものだ。現代の日本社会はそうした概念と相容れない。そこでは他者にどう見られるかを前提とした刹那的な消費としての「わかりやすさ」が尊ばれる。時間をかけて積み上げる側ではなく、だれかが苦労して積み上げたものを一瞬で蹴り崩して嗤う側がよしとされる。だれかがだれかの言葉を潰せば、ひとびとは狂喜して群がってその暴力を消費する。他人の仕事を台なしにすることで、労せずして全能感を味わう。草も生えぬ焦土にしてまた次の標的を捜し求める。それが現代の日本であり、そんな社会は自分にも本にも適さない。かといって社会を変えることはできない。社会が自分を変えることもできない。できるのは自分が自分を変えることだけだ。自分にとってよりよいものにすることだけだ。社会にとってではない。残念ながら。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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