D.I.Y.出版日誌

連載第209回: 幸福の手段としての出版

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2019.
10.04Fri

幸福の手段としての出版

本業の影響で完成が遅れている最後の章は五枚ほどに収めるつもりだ予定より少しだけ長くなったこの長さの長編を書くのは 14 年ぶりだこれまでに出版したどの小説ももとは七百枚前後あった書き直すうちに三百枚前後の中編になった今回はなるべく手を入れたくない書き上げたら専門の業者に校正校閲を外注するつもりだったちゃんとしたものを書いたのでちゃんとした出版をしたかったしかし収支を振り返ったところ思ったより経済状態が悪いだれも読まない本に二十万も投じる余裕はないこれまで通り誤字の修正や表記の統一すらできずに出版することになりそうだAtok にはウェブ校正ツールがあるのだが小説には役に立たないまた長編を一度に入力することはできないし章ごとの入力では表記ぶれの判定が意味を成さなくなるまして校閲まで踏み込むのはプロにしかやれない校正校閲にせよ何にせよちゃんとした仕事には時間も労力もかかるしそこには対価が支払わねばならない外部の作家に連載を依頼する試みも金が足りずに挫折した本来は複数の視点から語られる中編になりそうだったのにひとつのパートだけで終わってしまったおれ自身はいいものをつくりたいという思いだけで書くことができるそのために年中無休で四六時中あがいて利用できるものはなんでも利用するしかしだれにも読まれず金が出て行くだけなのにおれがこれだけ働いているのは単純に頭がおかしいからだ同じことを他人に求めるのはいわゆるやりがい搾取というもので通常はだれだって相応の金をもらわねば働けない小説を書くというおれが唯一知り得る技能でさえそうなのだ書いたものを出版するのに伴うさまざまな工程にはまして相応の金が必要となるしかしないものは出せないどうにもならないというか出して出せないことはないのだが出せばわずかな蓄えが大幅に減り暮らしが極めて不安になるそこまでのリスクをいまの生活では負えないと判断したおれは重度の発達障害でおそらく軽度の知的障害もありどうにかこうにか暮らしていかれるだけでも幸運なのだあとどれだけ生きられるにせよ折り返し地点を過ぎているのは確かだこれまでが惨めだっただけ残りの人生は少しでも幸福に生きたい幸福の条件は自己完結できねばならない条件に他者を含めると幸福にはなれない自分の努力でどうにかできるものではないからだ努力でどうにかできるものだけを条件とすれば幸福になれる小説でいえば読まれることや金は条件にならないいいものを書けたかどうかだけが条件となる発達障害のおかげでおれはだれからも愛されたことがないしこれからも愛されることはない愛を幸福の条件にしてはならないそれがぼっちの帝国のそもそもの主題だったしかし他者との関わりがなければ小説にはなり得ないのでなぜなら小説は人間を描くものである以上個人と社会との関わりを描くものだから)、 だれにも愛されない人間どうしが利用し合うことでそれぞれの幸福を見出そうとするそのための手段というか枠組として新たな家族のありようを提案した小説だからそうなのであって現実には逸脱そのものが許されずあのように逸脱したものどうしが幸福のために利用し合う関係は夢物語でしかないとりあえずいまおれは幸福になるための自己完結に何が貢献するかを基準にものごとを考えている校正校閲に金をかけるのはちゃんとしたものを出版したという思いにおいては有益だが暮らしの不安という面において好ましくないと判断したひと月ほどかけて可能なかぎり文章を直して発達障害なのでやれることはかぎられている)、 そののちに装幀や組版をどうにかして出版するつもりでいる名刺代わりに配るので印刷版が主だが最近は電子版もばかにならない印刷版は場所をとるから電子版のほうがいいとするひとも身近に現れるようになった装画は 60 年代風のサイケデリックなものを考えていて具体的な構想もあるのだが自力で描くだけの能力がないかといって外注して成果を得るにはやはり相応の金が必要でちょっと難しそうな気がしている今後のこともあるので iPad を買うか否か悩んでいる発達障害であるがゆえに社会にもインターネットにも適性がないましてやストアでの表示機会は極めて制限される他人に読まれ愛されることはおれの人生にはない自己完結できる幸福をいかに追求するかそのための手段として満足のゆく出版ができればと思う


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。