妄想中年日記

連載第210回: どこにもいないひと

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
09.08Sun

どこにもいないひと

先日のさらにつづき。インターネットで多様な価値観の商品を売るのは困難だ。インターネットによらぬ手法や場所で商品を売るのも困難だ。ゆえに本は偏って死に絶える。それで困るのは一部の変わり者だけだ。社会は変わり者を排除することで運営される。だから世間的にはそれでよいのだ。少なくともこの国において商品とはすでにあるものの再生産であり商売とはすでにある売り方だ。それまでに存在しなかったものは受け入れられない。大手企業を通じた出版がそのようであるからインターネットを利用した極小規模の出版に可能性を見たが、現実に生じたのはアルゴリズムによる効率化の追求によって、よりかたくなで融通のきかぬ価値観に先鋭化された場だった。それは雪だるま式に増大しフラッシュクラッシュを生じせしめ、本を読みたいという人間の感情を完全に疎外する。あるのは高度に抽象化された経済効率のみだ。本を読みたい読者はどこへ行けばいいのか。『ぼっちの帝国』はまず分冊で電子版を刊行する考えもあったが、やめた。時間と金をかけて校正して印刷版を年末に出す。モールを使うのは手段でしかない。場としては汚染されすぎている。少しでもまともに読まれたければ大手出版社に頼るべきかもしれないが「すでにあるもの」ではないので彼らには売れず企画が通らない。書くたびに出版するたびになぜそんな無駄なことをするのかと自問自答する。どうも他人に読まれるためではないようだ、それだけはわかる。一度たりとも他人に愛されない人生だ。他人とかかわっていいことはない。これまでもこれからも蔑まれるばかりだ。もし仮に愛される人間だったとしても別にそんなことのために書いたり出版したりはしない。愛される人間だったらそもそも書かないし出版もしない。神の前に立ったとき人生でこれをやったと胸を張っていえることがしたい。『ぼっちの帝国』はまぎれもなくその一冊だ。そのためにちゃんと書きたいしちゃんと出版したい。書いた分を読み返して妙な気持になる。これだけの仕事をしていて社会的には無なのだ。しかしそれで困るのかといえば別にそうでもない。商売なら他人の評価がなければ出版できまいが商売ではない。世の中には呼吸を商売にする人間もいるかもしれないし、それで大金を稼ぐ「アカウント」もあるかもしれない。だとしても関係のない話だ。他人がどうあれこちらは肺呼吸して生きるからだで生まれたからそうしているだけだ。期待されたやり方ではなく好きに呼吸したい、などと主張するつもりさえない。ただ呼吸している。そのようにしか生きられない。それだけだ。それが人格OverDriveの出版であり『ぼっちの帝国』だ。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『逆さの月』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。最新恋愛小説『ぼっちの帝国』連載中。
ぼっちの帝国