妄想中年日記

連載第205回: 動画は燃えない

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
07.19Fri

動画は燃えない

テロ事件を知るたびに胸が張り裂ける思いがする。おれの父親も社会病質だったのでひとごとではない。そんな思いは小説に書くべきことであって、日記では時事ネタは扱わないことにしている。……のだが、今回にかぎっては警告の必要を感じるので書き残しておく。というのはKDPを利用してセルフパブリッシングをしている著者は少しでも人目についたら、あるいはおれのようにまったくの無名人でも、このようなテロの被害に遭う可能性があるということだ。あの手の社会病質者は弱い者を標的にする。だからただ授業を受けていたりバスを待っていたりする小学生や、ただ集まって絵を描いていたりする若者たちをあのような目に遭わせる。そのメンタリティはたとえばネット右翼と呼ばれるひとたちに極めて類似していて、今回の犯人がその多くを占めるとされる年齢層であったことや、インターネットと親和性の高い文化に対して執着し、逆恨みを抱いたことは、必ずしも無関係ではないと思う。セルフパブリッシングをしている著者は立場が弱く、しかも往々にして出版のために詳細な個人情報を公に晒さざるを得ない。そればかりかこちらに非のない逆恨みも買いやすい。おまけにソーシャルメディアはそうした暴力と極めて親和性が高く、ユーザの多くは善意のつもりで二次加害に加担しがちだ。今回の犯人は「ライトノベル作家」を自称していて、盗作されたとの妄想から事件を起こした疑いがあるとの話もある。社会病質者の妄想を報じるのは暴力に加担し正当化することにつながるからやめていただきたい、本来なら徹底的に人間性を無視してまったくの無として扱うべきなのだが、しかしそのことは本稿とは無関係なので置いておく。いいたいのはその妄想と実行力についてである。事件には至らぬまでも、というか至っていないことを祈るが、そのような妄想にとらわれたアマチュア著者を実際にひとり知っている。とある人気ドラマが自分の無名作品の盗用であると主張してウェブ上でいやがらせをくり返していた。そのような妄想に対してはクーンツ『ベストセラー小説の書き方』にあるアイダホ州ポテトタウンの『呪われた町』を参照し、作品の価値というものをよく考えていただきたいのだが、そんなまともな理屈がその手の輩に通じるはずがない。相手が人気ドラマの関係者であればテレビ局なり著名人としての立場なりが護ってくれる、かもしれない。無名人は絶対にだれからも護られない。基本的には丸裸である。あべこべに被害者がインターネットの悪意によって攻撃されたりする。そこそこファンのいる歌手だって警察は護ってくれず、めった刺しにされていまだに後遺症に苦しんでいるし、某コミュニティでよく知られた人気ブロガーはあっさり殺された。人気ドラマに妄想を抱いたアマチュアがどうなったかは、縁を切ったので知らないが、まぁどこかで正気に返ってくれたのではないかと期待する。そう願いたい。一時の気の迷いだったんだろ、そうだよな。今回の犯人みたいな悪人じゃなかったはずだ。でもおれ自身が標的にされた別の事例では、はっきりいって、どうだったのかわからない。あまり詳細には書けないのだが、かなり大昔、そう、ほらおれは昭和の生まれだしさ、昭和って戦争があったくらいの時代なんだぜ、あなたの知りようのないくらい本当に大昔、あなたの知らない別の名前で、大勢に協力してもらってとある試みをしたところ、複数の人物から厭がらせを受けて、そのうちひとりからは実際に身の危険を感じる脅迫を受けた。おれはまぁしょうがないとして、いやちっともしょうがなくないのだが、刺されるのも焼かれるのもごめんだしさ、まぁ一億歩譲って構わないとして、困ったのは協力してくれたひとたちである。彼らに危害が及ぶのはどうしても避けたかった。そのためすでに大勢を巻き込んで動きだしていたその試みを、断念せざるを得なかった。もちろんおれひとりの気まぐれなわがままでやめたことになった。非難囂々だ。それこそしょうがない。あのまま続行していたらだれかが刺されたり、突進してきた車に撥ね飛ばされたり、ガソリンを浴びせられ焼き殺されたりしていたかもしれない。そういう行動力を持つひとびとがインターネットには実際にいて、出版活動をすることはそいつらの目にとまりやすくなるということなのだ。そして無名であればあるほど無防備になり、支離滅裂な妄想の標的にされかねないのもまた、おれが身をもって証明した事実なのである。殺されたくなければ出版をやめるか、そいつらの目につかぬよう、より無名でありつづける努力をするしかない。連載中の『ぼっちの帝国』はいまのところ五人にしか読まれていないが、それくらいで調度いいのかもしれない。その五人に悪意のストーカーが紛れていなければの話だけれど。いっとくけど上に述べた事例は詳細を掘り下げようとするなよ、せっかく各方面に配慮してごまかしたんだからさ。それにこの記事はどうか共有も拡散もしないでほしい。いつも通り数人に読まれるだけにとどめてくれ。加害者の目につけばなにをされるかわからない。長い年月が経過してようやくほとぼりが冷めたんだよ。このまま忘れ去られてほしい。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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