妄想中年日記

連載第201回: 本はネットの換金装置か

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
06.16Sun

本はネットの換金装置か

はてなやYouTubeといったソーシャルメディアで多くの支持者を獲得したアカウントがKindleで出版して成功する事例は多い。Kindleでの商品化に至る前にクラウドファンディングを挟んでより大きな効果を引き出す事例もある(ソーシャルなイベントはあらかじめ支持されたものを支持することを主張することで社会的な位置づけを高めるために利用される)。支持基盤はウェブ上にあるとはかぎらない。実社会で人脈が広かったり市民団体で活動していたりする場合もある。同人活動でもとから人気がある場合もある。いずれにせよそれらはソーシャルに最適化された能力が出版における成功の秘訣であることを示している。KDPが評価経済における換金装置として機能することは2014年にすでに述べた。Kindle Unlimited以降はストアに最適化された感性さえあれば支持基盤をあらかじめ有しているか否かは必ずしも問われなくなった。ストアそのものがソーシャルな支持基盤として機能しうるからである。ソーシャルに最適化されたこの層は差別的な人権侵害コンテンツともまた親和性が高い。そうした商品は金になるので売りたいが暴力を肯定し助長するストアと見なされるのは不利益だ。なので当初は看過し、ある程度、利益を得てからコンテンツやアカウントを削除する。そうすればインターネットの特性によって稼ぎたいだけ稼いだ上に、公衆道徳を尊ぶストアとしての体裁も世に訴えることができる。ところがそのようなコンテンツで大きな利益を得た著者は、本来得るはずのなかった利益を、そのようなストアの特性のおかげで得ていながら横暴だと騒ぐ。前年の収益によって決定した税金が払えなくなるからである。いやならよそで売ればいいのだが彼らにはそれができない。暴力を効率よく金に換えるストアの特性があって初めてそれらの利益が得られたからだ。ストアは売りたい商品を売りたいように売る権利がある。売りたくない商品を売る義務はない。彼らはソーシャルなインターネットに親和性が高い商品を売りたい。そうでない商品、つまりソーシャルに背を向け個を向いた商品は売りたくない。売りたい商品を売れるように陳列し、売りたくない商品はなるべく客の目につかぬようにする。人権を冒涜するコンテンツは売りたいから一度は目につくように陳列するが充分に収益を確保したら批難される前に撤去する。道徳性をアピールできて二度美味しい。金がほしければそうした性質を踏まえてストアの感性にみずからを最適化すべきだ。しかし必ずしもすべての出版がそのようである必要はない。だれも読まないものを書く理由は負債のように感じるからだ。解消したところで収入にはならぬが放置すれば気詰まりだ。ただそれだけのために書いている。Kindle版を読んでやってもいいといわれたので17日から五日間『悪魔とドライヴ』を無料にすることにした。設定が間に合わず99円の『黒い渦』が購入された。あんな恥ずかしい失敗作をストアに出したままにすべきではなかった。『ぼっちの帝国』は折り返し地点を過ぎた。現時点で原稿用紙350枚強。文庫本で250頁といったところだ。予定ではあと300枚。九月中に書き上げるのを目標としている。当初は六月中に仕上げて今年の後半は中年探偵と女装男子のBLアクション『GONZO』に着手する予定だった。年に二冊は出せるようにならなければ。あまりにも遅筆過ぎる。たった650枚に七、八ヶ月もかかるようではいけない。負債ではなく悦びが得られるものであったなら状況は違っていたろう。求められるままに年に三冊は出していたかもしれない。Amazon、Google、Facebookとさまざまな媒体で広告を試した。世代や性別ごとの傾向の違いは明確にある。が、その違いはおれの本がこれまでもこれからも決して読まれない事実をそれぞれ違った理由から説明するものでしかない。しかしまぁ、つまるところインターネットとはそのようなものなのだ。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『逆さの月』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。最新恋愛小説『ぼっちの帝国』連載中。
ぼっちの帝国