四ヶ月近くもかけてまん中まで書き終えた。どうしてこうも書くのが遅いのだろう。三幕構成でいえばようやくミッドポイント、起承転結でいえば転じはじめたところだ。やることなすことうまくいく愉しい前半部が終わり、これから先は主人公は追い詰められていく。危機に次ぐ危機、はたして運命や如何。今月は三連休を多くもらえたので第二幕後半のなかばまでは進めると思う。現時点で 330 枚弱だから書き上がれば 650 枚程度にはなりそうだ。予定よりもほんの少しだけ増えている。今回はちゃんと書いているのでそれなりにちゃんとした本にしたい。校正・校閲に金を出すことは腹をくくったがその先も考えねばならない。装幀をどうするか。流通をどうするか。できれば書く以外のすべてを出版社に一任したい。いわゆる「ひとり出版社」に手当たり次第に原稿を送りつけることも考えた。だれかひとりくらいは気に入ってくれるのではないか。しかしそんなことをされては相手も迷惑だろうしこちらも自費出版詐欺の被害にあいかねない。自費出版をしたいわけではなく出版にともなう苦手分野をアウトソースしたいだけだ。人格OverDrive は出版レーベルであっても法人ではないので出版社は名乗れない。法人でなければ取次には相手にしてもらえない。 ZINE やリトルプレスに理解のある書店に直接営業して置いてもらうことも夢想した。そんな社会的行動力があれば小説なんて書かない。いつかは法人に、とも思うが金もないし法律の知識もない。とりあえず現状はプリントオンデマンドで自己満足するしかない。発達障害でなければもう少しうまく立ちまわれたろうかとも思うが健常者ならそもそも小説など書かない。そういえばヤマシタトモコは『異国日記』で発達障害を明確に意識して描いているそうだ。みんな似たようなことをやってるんだなと思ったりした。九月中には書き上げる予定だがそこから先が悩ましい。どのみちだれも読まないものにこれだけ金や労力を投じるのは愚かしいとわかってはいる。しかしほかにどうしようもない。病気なのだ。愛されて生まれてきた人間は読まれて賞賛されて金が降りそそぐ。一方、生涯に一度としてだれからも愛されない人間はどれだけのものを書いてもだれにも相手にされないか、せいぜい蔑まれるだけで、おれはその事実を受け入れねばならない。『ぼっちの帝国』は乱暴にひと言でいってしまえば発達障害とジェンダーについての小説なんだと思う。書き上げることがいまのおれにとって重要で、成し遂げたから何かいいことがあるわけではないが、やらなければ何か人生にとって重要なものが損なわれるような気がしている。
2019.
06.11Tue
『D.I.Y.出版日誌』の次にはこれを読め!