妄想中年日記

連載第199回: 出版生活

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
06.04Tue

出版生活

昨夜カセットテープのDIY文化のような手軽さで出版できないものかと書いたがよく考えたらそれがPODだった。買うところまでの利便性まで考えると現状は、アルファベット最初の文字からはじまる偉大なるモール様でペイパーバックを刷るのがもっとも適している。個人の嗜好を淘汰しストアの都合を押しつけてくるので性にあわず、注文した商品が届かないことも多いので、消費者としては可能なかぎり別のストアを使いたいところだが便利なのは事実だ。人格OverDriveが何をやりたいかといえば結局のところ『ぼっちの帝国』を書き上げてまともな本として刊行したい。それだけだ。他人に読まれようとは考えなくなった。あれだけのものが読まれないのはずいぶんと勿体ない話だと思うけれど世間がそうしたいのなら仕方ないしとやかく口出しするようなことではない。日本人はいまやインターネットで貶め合う楽しみを手に入れた。それ以外の何ものも必要とされない。そういう世界とは関わりになりたくない。いいと思った本をつくるだけだ。他人と較べてどうとか、他人にどう思われるかとか、そういったことは人格OverDriveには関係がない。世間の基準で優劣を競うのが正義であってそれ以外は淘汰されるというのであれば淘汰も結構。インターネットの売場で淘汰されたところで人格OverDriveがやりたいことをやったという事実は消せない。そのことを自分以外のだれも知らなくとも構わない。出版はいずれそのような個人的な行為へと収斂していく。社会的な営利事業としての出版は安易な貶め合いの道具として消費されることに特化される。それはそれで構わない。関わりのないところで勝手にやってほしい。視界に入れたくない。本文のほうは秋のうちに書き上げるつもりで、遅くとも年内には間に合うはずだ。内容は問題ない。いいものが書けているのは自分でわかっている。わからない他人は愚かだくらいに思っているし自分さえ愉しめればいい。どうせ他人はだれも読まないのだから。自力で好きなように出版しているから他人におもねる必要もない。極小出版のいいところだ。校正校閲は外注に出すことを決めている。そこにもっとも金を投じる予定で二番目は広告費だ。課題は装幀だ。文字の配置はかなり上達してきたように感じるが装画がどうにもならない。子供向けイラスト偏重の近年の出版傾向は好まない。一説によればアジカンのジャケットで知られた画家のイラストでライトミステリが売れてからの傾向だという。その前からライトノベルで育った大人がその延長上で読む傾向はあったしそこには大概アニメ風のイラストがあしらわれていた。そういうのは好みではない。イラストであっても海外文学の装画をよく手がけているタダジュンさんの作品は好きだ。あんな雰囲気がいいなと思うが『ぼっちの帝国』に似合うかはわからないしそもそも調達できない。子供向けイラストでも小学校の図画コンクールでもない装幀にしたい、どうしたものか。これまでもこれからもだれにも愛されない出版は自力で満たされねばならない。そしてそれは必ずしも悪いことではない。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的な作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『逆さの月』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。最新恋愛小説『ぼっちの帝国』連載中。
ぼっちの帝国