妄想中年日記

連載第179回: 考えない

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
02.28Thu

考えない

今夜も『ぼっちの帝国』はお休み。さっさと肩の荷を下ろしたいので先送りにはしたくないが、中途半端に書くと陳腐になる場面なので急がないことにする。『逆さの月』は恋愛小説ではないかのように装う恋愛小説だった。それに対して『ぼっちの帝国』は恋愛ものによく見られる形式を踏襲して何か別なことを語ろうとする試みだ。もちろんちゃんと恋愛小説として読めるように書くつもりではいるし、売るときにはありがちな恋愛ものであるかのように声高に謳うつもりだけれども、実際のところ恋愛小説であることは語りの手段でしかない。器としての恋愛ものは案外、自由度が高くてそれを口実とすればかなりの実験がやれるし政治的な手段ともなり得る。それはたとえばロックンロールに似ている。どんな音楽をやっていてもロックと言い張ればそれはそれで成立して表現の幅が広がったりする。あるいは一般にはロックと見なされないものをロックの文脈で聴くことで新たな魅力を見出せたりする。たとえば『巨匠とマルガリータ』を恋愛小説として読むこともできるし、逆に『アーダ』のように恋愛小説のフォーマットを使って何やらよくわからない構造物をつくりあげたりもできる。『ぼっちの帝国』はその両方をやろうとしているのだけれども結果は今後のお楽しみだ。さしあたり次に予定した場面は地図に刺したピンのようなもので、作劇上どうしても必要なクリシェでありフォーマット寄りの場面なので、下手に書くと作品全体を貶めかねない。しっかり睡眠と栄養を摂って挑むつもりでいる。他人がどうしているかは知らないが少なくともおれの場合、書くのは純粋に肉体労働であって知的な要素はいっさいないので、体力的な制約がばかにならない。……ふと気づけば書かない弁解だけで400字詰め原稿用紙二枚も費やしてしまった。日記なら何も考えずに手癖だけで書けるし、書きたい話題もいくつもある。小説もこのくらい楽に書けたらいいのだが。出版社が将来どのように商売するようになるか、コンテンツ資産の継承と物理媒体、60年代ロックのリマスタリング技師について。すべてを書く余裕はないので昨夜のつづきめいたことを書くことにする。モールと相性が悪いしそこの文脈で読まれたくない。なのでランキングや関連商品などのモール内で完結する道筋ではなく、その外側でほとんどの過程が行われなければならない。モールに求めるのはカート機能だけだ。モールでいうランキングや関連商品に相当する文脈はどこか別な場所でつくる。それがどこかといえばウェブサイトとしての人格OverDriveだ。「似ている本」や「特集」の機能はそのために実装した。ただ残念ながら独自サイトで何をやろうが閲覧されないのでは意味がない。そこで何らかの手段でまず集客をしなければならない。最終的にやりたいのは理想的な客層に届けることで、モールに最適化された作風なら何も考えずにただモールの流儀に従うだけでいいがおれの場合そうはいかない。モール以前にインターネットそのものと相性が悪いのだ。現代の出版はepubにせよ何にせよインターネットによって実現されたというのに。この矛盾が人格OverDriveの出版において物事をややこしくしている。喩えばおれは両親が人格異常者であったがために、本来はただ進学なり就職なり自分の人生を考えればいいところを、まず支離滅裂な両親や、それによって台なしにされた人生を乗り越えねばならず、人生をひとより大幅に遠回りしなければならなかったのだが、書いたものを出版して読んでもらうというただそれだけのことでもやはり同様に、作風が変わっていてほかに似たものがない、という障害のためにどうにも売りようがなく無駄な遠回りをしている。人間性をまともにするのは社会的な義務だと考えるけれど、小説においては、だれとも見分けのつかない作風になろうとは思わない。おれでなくても書ける小説なら他人が書けばいいし、そもそもすでにいくらでもあるのだから新たに出版される意味を感じない。かといってだれにも見出されない本は存在しないのと同じで、存在させようがないものに払う犠牲としては、小説を書くという苦役はあまりにも割に合わない。だったらそんな無駄なことはやめて他人の書いたものを読んで愉しめばいいじゃないかとも理屈では考えるのだが、どうもそれでは納得できない。ふたつ理由がある。まず第一に、おれのような人生において必要だと思う本は、ほかのだれにおいても、おれが書かなければ存在しないからだ。次に、そのような本を書いて出版したという実績は自分をOKだと思うためにどうしても必要だからだ。『ぼっちの帝国』を書きはじめてしまったらこれまでの本がどれも恥ずかしく思えてきた。かといって映画でいえば最初の十分間に相当する場面しか書いていない現状では、それを誇りに思うことはできない。『ぼっちの帝国』と、次に予定している『GONZO』を書き上げればもう少し違った景色が見えるのではないか。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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