D.I.Y.出版日誌

連載第177回: 考えない

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2019.
02.28Thu

考えない

今夜もぼっちの帝国はお休みさっさと肩の荷を下ろしたいので先送りにはしたくないが中途半端に書くと陳腐になる場面なので急がないことにする逆さの月は恋愛小説ではないかのように装う恋愛小説だったそれに対してぼっちの帝国は恋愛ものによく見られる形式を踏襲して何か別なことを語ろうとする試みだもちろんちゃんと恋愛小説として読めるように書くつもりではいるし売るときにはありがちな恋愛ものであるかのように声高に謳うつもりだけれども実際のところ恋愛小説であることは語りの手段でしかない器としての恋愛ものは案外自由度が高くてそれを口実とすればかなりの実験がやれるし政治的な手段ともなり得るそれはたとえばロックンロールに似ているどんな音楽をやっていてもロックと言い張ればそれはそれで成立して表現の幅が広がったりするあるいは一般にはロックと見なされないものをロックの文脈で聴くことで新たな魅力を見出せたりするたとえば巨匠とマルガリータを恋愛小説として読むこともできるし逆にアーダのように恋愛小説のフォーマットを使って何やらよくわからない構造物をつくりあげたりもできる。 『ぼっちの帝国はその両方をやろうとしているのだけれども結果は今後のお楽しみださしあたり次に予定した場面は地図に刺したピンのようなもので作劇上どうしても必要なクリシェでありフォーマット寄りの場面なので下手に書くと作品全体を貶めかねないしっかり睡眠と栄養を摂って挑むつもりでいる他人がどうしているかは知らないが少なくともおれの場合書くのは純粋に肉体労働であって知的な要素はいっさいないので体力的な制約がばかにならない⋯⋯ふと気づけば書かない弁解だけで 400 字詰め原稿用紙二枚も費やしてしまった日記なら何も考えずに手癖だけで書けるし書きたい話題もいくつもある小説もこのくらい楽に書けたらいいのだが出版社が将来どのように商売するようになるかコンテンツ資産の継承と物理媒体60 年代ロックのリマスタリング技師についてすべてを書く余裕はないので昨夜のつづきめいたことを書くことにするモールと相性が悪いしそこの文脈で読まれたくないなのでランキングや関連商品などのモール内で完結する道筋ではなくその外側でほとんどの過程が行われなければならないモールに求めるのはカート機能だけだモールでいうランキングや関連商品に相当する文脈はどこか別な場所でつくるそれがどこかといえばウェブサイトとしての人格 OverDrive だ。 「似ている本特集の機能はそのために実装したただ残念ながら独自サイトで何をやろうが閲覧されないのでは意味がないそこで何らかの手段でまず集客をしなければならない最終的にやりたいのは理想的な客層に届けることでモールに最適化された作風なら何も考えずにただモールの流儀に従うだけでいいがおれの場合そうはいかないモール以前にインターネットそのものと相性が悪いのだ現代の出版は epub にせよ何にせよインターネットによって実現されたというのにこの矛盾が人格 OverDrive の出版において物事をややこしくしている喩えばおれは両親が人格異常者であったがために本来はただ進学なり就職なり自分の人生を考えればいいところをまず支離滅裂な両親やそれによって台なしにされた人生を乗り越えねばならず人生をひとより大幅に遠回りしなければならなかったのだが書いたものを出版して読んでもらうというただそれだけのことでもやはり同様に作風が変わっていてほかに似たものがないという障害のためにどうにも売りようがなく無駄な遠回りをしている人間性をまともにするのは社会的な義務だと考えるけれど小説においてはだれとも見分けのつかない作風になろうとは思わないおれでなくても書ける小説なら他人が書けばいいしそもそもすでにいくらでもあるのだから新たに出版される意味を感じないかといってだれにも見出されない本は存在しないのと同じで存在させようがないものに払う犠牲としては小説を書くという苦役はあまりにも割に合わないだったらそんな無駄なことはやめて他人の書いたものを読んで愉しめばいいじゃないかとも理屈では考えるのだがどうもそれでは納得できないふたつ理由があるまず第一におれのような人生において必要だと思う本はほかのだれにおいてもおれが書かなければ存在しないからだ次にそのような本を書いて出版したという実績は自分を OK だと思うためにどうしても必要だからだ。 『ぼっちの帝国を書きはじめてしまったらこれまでの本がどれも恥ずかしく思えてきたかといって映画でいえば最初の十分間に相当する場面しか書いていない現状ではそれを誇りに思うことはできない。 『ぼっちの帝国次に予定しているGONZOを書き上げればもう少し違った景色が見えるのではないか


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。