妄想中年日記

連載第178回: とりあえず書く

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
02.27Wed

とりあえず書く

無理をしてつづきを書くつもりだったがやはり仕事のある日は調子が出ない。コーヒーを飲んだり食事を摂ったりしてみたがだめだった。頭を働かせるには食べる必要があり、とりわけ糖質を摂らなければどうにもならない。しかしそうするとたちまち体脂肪が増加するし、長期的には頭の働きもかえって鈍くなり抑鬱に至る。男が初登場する重要な場面なので時間に余裕のある休日に書くことにした。せめて読書でもしようかと積まれた本を手にしたがどれも興味が湧かない。そんな夜もあるさと諦めることにした。昨夜に書いた分はあまりよくなかった。とにかく十枚を埋めると決めたのでそうしたが単行本にする際にはばっさり切るかもしれない。『ぼっちの帝国』では無駄な文章だろうが何だろうが書けるだけ書いて削らない、という方針にしたのであるいはそのまま載せるかもしれない。これまでの本では700枚書いて500枚削るような真似をしていた。結果として痩せ細って読み応えのない本ばかり出版してきた。そろそろ原点回帰したい。そのために14歳の頃の文体に戻すなど試行錯誤している。売り方も懲りずにあれこれ試したい。きのうランニングマシンでいつものように時速7.5kmで歩いているときに思いついたのだが、すべて脱稿してから『ぼっちの帝国』として単行本化するのは当然として、その前に書きかけの段階で『職と彼氏と住む部屋をなくしたアラサー娘がシェアハウス暮らしのおっさんに恋する話』なる題名で順次、分冊刊行するのはどうだろうか。140枚ずつ書き上がるたびに本にする。巻末で企画意図を告げ、つづきが読みたければウェブサイト「人格OverDrive」の連載版『ぼっちの帝国』を読むよう促し、いずれ書き上がれば『ぼっちの帝国』として完全版を刊行する旨もあわせて説明する。分冊版は結末を出版しない。主人公の恋がどうなったか知りたければ完全版『ぼっちの帝国』を買えというわけだ。分冊版には99円の値をつけ、刊行のたびに無料キャンペーンを実施する。もちろんそんな小細工をしたところで読まれるとは思わない。ストア開始当初Kindle本はゴミのようなものほどよく売れた。いまはそこまでひどくない。出版社が少しずつやる気を見せるようになってくれたおかげだ。店に品物が増えたので前よりまともな客が集まるようになった。しかしあくまで2012年の開始当初と比べればの話であってランキングには依然としてげんなりさせられる。月に40万ほど稼いでいるとみられるセルフパブリッシング著者には人気が出るだけの理由があるが、実力の裏づけのある作家はごくひと握り、というかおそらくひとりかそこらであり、大半はおれよりずっとひどい本を出しているにもかかわらずおれの千倍は稼いでいる。まぁ確かにおれの本は公平に考えて、そこまで売れるほどのものではないだろうなと客観的に理解できる。ちょっと変わっているからだ。しかしこの扱いは適切なのか。たぶんおれは呪われているのだ。単にストアの客層に合わないだけなのはわかっている。どの店だって好きなように商売する権利がある。それならそれで人格OverDriveはよそとは異なる商売を見出せばいいだけのことだ。最近はあまりこういうことを考えなくなったのだが、十年ぶりに一週間で400字詰め55枚も書くようになると、本が売れないのはともかくとしてもう少し閲覧や言及や共有がされてもいいのではないか、だれもいない森で倒れる木のようなものではないか、というさもしい気分になるのを避けられない。だからといって書くのをやめるかといえば別にそうでもない。結局はどれだけ向上できるかを自分に証明したいがためにやっている。部活で短距離走をがんばる高校生は、もっと速く走りたいとかそういう単純な動機でやっているわけでしょう。それと同じだ。ジムに通って筋トレしているのだって別にだれかに肉体を誇示するためじゃない。努力するのが好きだからやっているのであって、これまでよりいいものを書き上げて出版できればそれだけでも成果を自分に示せる。いいものを書いたかどうかはひとりで判断できる。わざわざ他人の尺度など必要としない。見栄を張るわけではなくそれは事実としてそうなのだ。しかし一方ではこれまでより読まれたという成果もまた向上の証となるので、そろそろそういうものも手にしてみたいと浅はかに願ってしまう。それ以外の大概のことは努力によって改善してきた。だれにも認められた経験はないが自分ではよくやったと思っている。本づくりのノウハウもウェブサイトの構築も、そして何より小説の技術も。なのに読まれることだけはどうしてもできない。結局のところ自分自身は向上できるが他人を変えることはできないという、それだけのことなのだろう。これだけ言葉を費やしてこの文章がどこへ行き着くかといえば、もう寝なければならないいまになってコーヒーと夜食が効果を発揮したらしい。同じ読まれない文章ならつづきを書けばよかったというオチである。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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