D.I.Y.出版日誌

連載第176回: とりあえず書く

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2019.
02.27Wed

とりあえず書く

無理をしてつづきを書くつもりだったがやはり仕事のある日は調子が出ないコーヒーを飲んだり食事を摂ったりしてみたがだめだった頭を働かせるには食べる必要がありとりわけ糖質を摂らなければどうにもならないしかしそうするとたちまち体脂肪が増加するし長期的には頭の働きもかえって鈍くなり抑鬱に至る男が初登場する重要な場面なので時間に余裕のある休日に書くことにしたせめて読書でもしようかと積まれた本を手にしたがどれも興味が湧かないそんな夜もあるさと諦めることにした昨夜に書いた分はあまりよくなかったとにかく十枚を埋めると決めたのでそうしたが単行本にする際にはばっさり切るかもしれない。 『ぼっちの帝国では無駄な文章だろうが何だろうが書けるだけ書いて削らないという方針にしたのであるいはそのまま載せるかもしれないこれまでの本では 700 枚書いて 500 枚削るような真似をしていた結果として痩せ細って読み応えのない本ばかり出版してきたそろそろ原点回帰したいそのために 14 歳の頃の文体に戻すなど試行錯誤している売り方も懲りずにあれこれ試したいきのうランニングマシンでいつものように時速 7.5km で歩いているときに思いついたのだがすべて脱稿してからぼっちの帝国として単行本化するのは当然としてその前に書きかけの段階で職と彼氏と住む部屋をなくしたアラサー娘がシェアハウス暮らしのおっさんに恋する話なる題名で順次分冊刊行するのはどうだろうか140 枚ずつ書き上がるたびに本にする巻末で企画意図を告げつづきが読みたければウェブサイト人格 OverDriveの連載版ぼっちの帝国を読むよう促しいずれ書き上がればぼっちの帝国として完全版を刊行する旨もあわせて説明する分冊版は結末を出版しない主人公の恋がどうなったか知りたければ完全版ぼっちの帝国を買えというわけだ分冊版には 99 円の値をつけ刊行のたびに無料キャンペーンを実施するもちろんそんな小細工をしたところで読まれるとは思わないストア開始当初 Kindle 本はゴミのようなものほどよく売れたいまはそこまでひどくない出版社が少しずつやる気を見せるようになってくれたおかげだ店に品物が増えたので前よりまともな客が集まるようになったしかしあくまで 2012 年の開始当初と比べればの話であってランキングには依然としてげんなりさせられる月に 40 万ほど稼いでいるとみられるセルフパブリッシング著者には人気が出るだけの理由があるが実力の裏づけのある作家はごくひと握りというかおそらくひとりかそこらであり大半はおれよりずっとひどい本を出しているにもかかわらずおれの千倍は稼いでいるまぁ確かにおれの本は公平に考えてそこまで売れるほどのものではないだろうなと客観的に理解できるちょっと変わっているからだしかしこの扱いは適切なのかたぶんおれは呪われているのだ単にストアの客層に合わないだけなのはわかっているどの店だって好きなように商売する権利があるそれならそれで人格 OverDrive はよそとは異なる商売を見出せばいいだけのことだ最近はあまりこういうことを考えなくなったのだが十年ぶりに一週間で 400 字詰め 55 枚も書くようになると本が売れないのはともかくとしてもう少し閲覧や言及や共有がされてもいいのではないかだれもいない森で倒れる木のようなものではないかというさもしい気分になるのを避けられないだからといって書くのをやめるかといえば別にそうでもない結局はどれだけ向上できるかを自分に証明したいがためにやっている部活で短距離走をがんばる高校生はもっと速く走りたいとかそういう単純な動機でやっているわけでしょうそれと同じだジムに通って筋トレしているのだって別にだれかに肉体を誇示するためじゃない努力するのが好きだからやっているのであってこれまでよりいいものを書き上げて出版できればそれだけでも成果を自分に示せるいいものを書いたかどうかはひとりで判断できるわざわざ他人の尺度など必要としない見栄を張るわけではなくそれは事実としてそうなのだしかし一方ではこれまでより読まれたという成果もまた向上の証となるのでそろそろそういうものも手にしてみたいと浅はかに願ってしまうそれ以外の大概のことは努力によって改善してきただれにも認められた経験はないが自分ではよくやったと思っている本づくりのノウハウもウェブサイトの構築もそして何より小説の技術もなのに読まれることだけはどうしてもできない結局のところ自分自身は向上できるが他人を変えることはできないというそれだけのことなのだろうこれだけ言葉を費やしてこの文章がどこへ行き着くかといえばもう寝なければならないいまになってコーヒーと夜食が効果を発揮したらしい同じ読まれない文章ならつづきを書けばよかったというオチである


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。