妄想中年日記

連載第175回: 愛されなければ使えない

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
02.16Sat

愛されなければ使えない

プロットもほぼ固まってあさってから書きはじめる予定だがAPI利用制限の件がまだ納得いかない。悔しくて調べまくったが結論は同じ。稼ぎがないから門前払いされたのだ。世界中の詐欺業者がクローラで無意味かつ膨大なクエリを発生させたおかげでとんだとばっちりだ。インターネットは生まれつき祝福された者のためだけにある。それとは真逆の人間はフルスペックの人権にさえありつけない。見栄えのいい商品紹介ができないのは別に構わない。問題は価格や出版者情報の自動表示ができなくなったことだ。だれにもわからない個人的で密かな勲章のように感じていた。htmlとcssがちょっとわかる程度の素人にも努力によって理想を実現できることを証明したのだ。それがだめになった。PA-APIを通じた売上が発生すれば制限が解除されるらしいがつまり自力ではどうにもならない。もし仮にだれかに金を払ってリンクを踏んでもらうにしてもAmazon.jsによるリンクが無効となったからにはPA-API経由の売上を発生させる方法そのものがすでにない。代替となるAPIを探したがどれも役に立たない。そもそも権力の一極集中とは相反するものをつくろうとしているのにASIN(Amazon独自の商品コード)を入力することで商品ページを自動生成させる仕組みにしたのがいけない。いつかは矛盾が表面化すると考えていたがこんなにも早くそのときが訪れるとは思わなかった。いちいち手入力すれば見栄え上は同じことを実現できるがそれでは意味がない。売上がないために弾かれたサイトは調べたかぎりではほかに存在しないようだ。思わぬところで人並みの能力がない事実、人並みに愛されないと人並みの権利を得られない事実をあらためて意識させられた。こんなときは何をやってもうまくいかない。印刷版の在庫はすこし前までどの本も在庫ありの表示だったが売れないので横流しされたのか外部業者からしか買えなくなっていた。CreateSpaceで出版した日本人が限られるからにはこんなことが起きるのを知っているのはおそらくおれくらいだろう。ソーシャルメディアと相性の悪いユーザはどこまでもとことん疎外される。それがAmazonでありインターネットでもあるが考えてみれば世間とはそんなものだ。きょうは思いのほか仕事が重くてジムに行けなかった。体を動かして解消できない疲れは酒に向かいがちだ。ふた月ぶりにジャックダニエルの瓶に口をつけた。旨いとは感じなかった。『逆さの月』のときは二日で一本を空けていた。酒よりも運動を好む体質に変わったのだ。『ぼっちの帝国』は健康的な小説になるかもしれない。そうだといいのだが。しかしどんな小説を書いたところで唯一にして絶対なるAmazon様に認められるほど売れるとは思わない。それならそれでいい。認められるためにやっているわけではないし、PA-APIもプリントオンデマンドもKDPも使わせてもらえないのであればほかの手段を探すだけだ。さしあたりWordPressだけは出版の民主化を支持してくれている。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
amazon