妄想中年日記

連載第174回: 試す

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
02.15Fri

試す

Amazon.jsが完全に臨終になったのでAmazon謹製プラグインAmazon Associates Link Builderに乗り換えることにした。トラッキングIDと認証鍵を設定し、テンプレートを設定し、ボタンを押したが何も起きない。「ビジュアルリッチエディターを使用しない」のチェックをはずしたら動作はしたもののエラー表示が出る。秒間リクエスト数が制限を超えたという。そんなわけがない。いまはじめて設定完了しボタンを押したのだ。投稿画面のAmazon.jsボタンで商品検索を試した。やはり同じ警告が出る。やはり問題はプラグインにもサイト側にもない。売上ゼロなのでAPIの利用を拒まれたのだ。Amazon Associates Link Builderなら使わせてもらえると聞いたのだが嘘だったらしい。ためしに認証鍵を再取得した。何も変わらない。こんなことをしている暇があれば書くなり読むなりすべきだとわかってはいる。しかしどうも納得いかない。納得ゆかぬまま『ぼっちの帝国』に着手して集中できるだろうか。いずれにせよ来週中には書きはじめる。プロットをもうすこし掘り下げてから、と考えていたが完璧なプロットが仕上がるのを待っていたらいつまで経っても書きはじめられない。書きながら思いつくこともあるだろうし、思いついたらまたはじめに戻って書きなおせばいい。純文学という言葉がおれにはよくわからない。文学はすべからくエンターテインメントだと信じている。小説はおもしろくなければならない。おもしろさにはさまざまな種類があって、さまざまな本に親しむことで愉しみの幅が広がるものだけれど、言葉遊びや抽象的な思考よりも物語に夢中になれるのがおれは好みだ。寓話的であればなおいい。『ぼっちの帝国』と『GONZO』は十人中八人までがおもしろがれるものをめざしている。その八人のうち六人までが深く気に入って、百人中ひとりかふたりは読む前後で自分が変わってしまうくらい打ちのめされるのがいい。そういうのがいい小説だと思う。百人中ひとりを打ちのめすくらいのものはこれまでも書いてきたつもりだけれど、十人のうち八人を満足させるほどの力量はなかったと認めざるを得ない。深く刺さるのは人間としての視点で決まるけれど大勢を楽しませるのは訓練による技術で、おれにはそれが欠けていた。持ち得ていたならいかにストアの客層に難があってもここまでだれからも相手にされないということはあるまい。今回はその壁を破るつもりだがプロットの段階では後半が暗すぎる。前半の喜劇的な色合いを後半まで持続させたいが対立や緊張といった要素を考えるとどうしても破滅的になる。書きながらどうにかする。結果としていつもの不首尾に終わってもそれはそれでいい。一冊でも多くの本を遺して死にたい。十代の終わりからハードボイルド文体に凝ったのは本来の文体に欠陥を感じていたからで、句読点でひたすら文章を繋いで広長舌をふるうよりも、無愛想なぶつ切りの単文を生々しくぶつけるほうが、語り聞かせるよりもまざまざと目に見せるほうがいいと考え、それが苦手だからこそ訓練して取り入れたのだけれど、しかし結果としてその書き方が読者を遠ざけたようにも見受けられるので、『逆さの月』からあえて十四歳当時の書き方に戻した。そのほうが早く書けることがわかったのでどれだけのものをどれだけの期間で書けるのか試してみたい。だれも読まないようなものしか書けないと考えるのは納得いかないし、納得いかなければ納得いくまであらゆる方法を試したい。プラグインにせよ文体にせよひとつに固執するつもりはない。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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